生き霊【生霊】とは、想念の塊りと解釈して頂いた方が分かり易いので、此処からお話しを進めて参ります。良きにつけ悪しきにつけ想いと言うものは、他に影響を与える事があるのも事実だが、古い言葉で言えば執念である。例えば、遠く離れた人に逢いたいと想う心が強ければ強いほど、想いの念は増大し肉体を離れ好きな人の元えと行く、行ったと云う事例は数多く報告されております。
一例を挙げれば、戦時中に遠く離れた息子に命の危機が迫った時に母の生き霊が、息子を救った事例もある。
何故、判明したか?
息子が戦地から帰って来た時母に言った事が、お母さん 自分が戦地で命の危機に遭った時お母さんの声が聞こえてその場を離れた瞬間爆撃があり、
其処に居た人は死にました。
お母さんが僕を呼んでくれなければ,、僕も死んでいたでしょう。
母は、言いました。
お前の危機が感じられたので、自分の命と引き換えに息子をお助け下さいと夜空に叫んだそうである。
この様な場合、充分に考えられる現象である。親が子を想う気持ちは強く、母親ならば特に強く作用します。
助けたいと想う気持ちに、距離など問題では無い。
例え居場所が特定出来なくても、届く事は多々あります。
言わば霊的繋がりが強ければ強いほど、上記の様な事は起こり易く成ります。
次の例は、祖父が孫に別れを告げに来た実例である。
祖父はその孫をとても可愛く、帰省して来る日を指折り数えて待つほどの人である。
その日お孫さんは、実家に帰らねばと云う想いで朝からそわそわしておりましたが、週末には帰るのでその気持ちを抑え、その日を過ごしました。
後一日過ぎれば実家に帰り、週末を家族で過ごせる楽しい日が直ぐである。
その日はバイトの疲れもあり、眠りに着くのも早かったが、うとうとして居る時、突然お爺さんが現れ何も言わず消えた。
瞬間に電話の音で我に帰り、電話に出るとお爺さんが危篤との知らせである。
取るものも取り敢えず、車に乗り実家に急ぎ帰りました。
お爺さんは、孫の帰省した姿に安堵した様に亡くなられました。上記は、お爺さんが孫の無事を確かめたかった優しい気持ちが、生き霊と成り逢いに行った実例である。
上記は心温まる実例であるが、この他にはおぞましい実例も多々あるのが、人間界の悲哀とも云うべき実情である。
南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院
院主 永作優三輝
htmx.process($el));"
hx-trigger="click"
hx-target="#hx-like-count-post-28730101"
hx-vals='{"url":"https:\/\/akafudoumyououin.exblog.jp\/28730101\/","__csrf_value":"066b14a95257c0924c0837019dda1919b88c0ccc48d460af12d817d7330d6a593465959090458ee7b2d4f2ddf00916f89a6644f16ba191a40d3b554c6a0032d8"}'
role="button"
class="xbg-like-btn-icon">