その日、私は依頼を受けある場所に居た【自殺現場】。依頼者が悲しみを堪え、見守って居る。
事の発端は、依頼者にしか分からないある現象が始まりである。
依頼者は大切な家族を自殺によって失って間もなく、同じ夢を幾度となく見るように成り、私のもとに相談にお越しになりました。
その夢とは、亡くなった家族が助けを求める夢である。
幾日も同じ夢を見て不安を抱いた相談者が、私を訪ねて来たのである。
自殺に至るには様々な訳と事情が重なり合って、耐え切れなく成り事に及んでしまうのだが、必ず後悔する事に成ります。
耐える事は、尋常では無い。
辛抱が必要であるが、自ら死を選び実行に移した後には、後悔しか残らないのである。
私は、様々な自死をされた方々の供養を何度となく厳修して参りました。
その経験上、言える事は皆、悔やんで居るのです。
何故か?
死しても苦しみから逃れるどころか、苦しみが増すのである。
残された家族の悲しみに加え、自殺者が残した後始末を全て家族が大変な思いの中で片付ける姿を観なくてならないのである。
死んだら終わり死んだら楽になれるは、嘘である。
死んでも意識は残るばかりか、益々意識は鮮明になるのである。
そして自殺霊はその場所から離れる事は難しく、自らの力では実家に帰る事も難しいのが現実である。
結果で言えば自殺するより生きて居る方が、数百倍も良いのである。
上記の依頼は、御仏のお力を頂き家族の元に返し、その後お使者に伴われ帰幽して貰いました。
今も霊界で、修行中である。
正に自殺は人生の中退であり、卒業には至らないのである。
南無大日大聖不動明王尊
金剛合掌
金剛山赤不動明王院
院主 永作優三輝
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