本来 人間には、善悪両方の感情を持ち合わせて居るが悪を重んじる者には、理性が欠損して居るのである。よくあんな立派な仕事をしている人がと言うが、仕事や地位、名誉で判断するのは、物質的価値観の表れである。
人間性を観るべきである。
例えば教師とは、子供達を教え導く師である。その師が人格破綻者で有った場合、どう成るであろうか!
私が言わずとも、お分かりであろう。
では何故、善悪の狭間を超えてしまう者が出るのか? それは、姑息と傲慢な心に支配され理性を失った場合に表面化するのである。
イジメ、虐待、誹謗中傷や犯罪者の全てが、姑息で傲慢な心を捨てられ無いから絶えないのである。
普通の人にも上記の感情は有りますが、善心が優って居る為、愚行にまで至らないのが普通である。
善心を育むには、真の信仰心を持つ事が最良であり、人生とはを知り得る道である。
人間は弱く脆いが正しい信仰心は、弱さ脆さを跳ね除け凛とした精神をもたらし、何故生きるのかの問いにも明確な答えを教えてくれるのが、
誠の信仰である。
惑わされ欲に走り姑息と傲慢の渦に翻弄され悪行に生きる時、後悔の中で終わり、死後も未来永劫、苦界を彷徨う事に成るのである。
全ては、摂理である因果応報であり學ばねば得られず、知った振りをしても最後は馬脚を表す。
難しい事では無い。
真摯に學び、実践すれば良いだけの簡単な事である。

南無大日大聖不動明王尊蓮華合掌金剛山赤不動明王院院主 永作優三輝
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