どんなに多難な人生であれ,無駄では無い。無駄なのは、反省の無い心である。
反省の無い心とは、傲慢、怠惰、妬み嫉みは、全て感謝の無い心から発する心の毒害である。
財産の有無、身体の相違、生家の富貴、能力の相違、その他、全ては、學びの線上に於いて平等なのである。
それを不平等と言い妬み羨む時間があるなら、己れを磨く【心】為に費やす事で魂は磨かれ、
妬み羨む事が如何に稚拙で愚かな事か、実感するであろう。

上記を真摯に捉え実践する事は、自らが自らを救う最良の道なのです。
苦の中に生きるも、幸の中に生きるも自分次第なのです。
上記を幾度となく私が書いて来たかには、深い意味がある。
それは数え切れ無い程の後悔の念を霊聴として、体感して来たからである。
生きて居る間は気にもしなかった人も、死後自身の事となった場合、嘆き苦しみ後悔の中に暮らし長い時を過ごされます。
次回は、例題を挙げ詳しく説明するが、どんなに説得して納得させても真に本人の努力が伴わない場合は、無意味に終わる事があるのも事実である。
正に、自己責任なのである。
例えば、どんなに素晴らしい理論であっても、実践が伴わなければ空論と化すのである。
行くも止まるも全ては、自由意思であり自己責任と言わざるを得ない。
南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院
院主 永作優三輝
htmx.process($el));"
hx-trigger="click"
hx-target="#hx-like-count-post-28605261"
hx-vals='{"url":"https:\/\/akafudoumyououin.exblog.jp\/28605261\/","__csrf_value":"ba7714dfcba7e909cdafec9594709a8ea6f67b5f583f54144046bd08b6b49fd2730aa3d86aa081146ebc880c0cd29200ee1bc9a8aaa4be37f69c62ae8623e0dc"}'
role="button"
class="xbg-like-btn-icon">