愚者と言われ様が、経験は貴重な學びに変わりは無い。
机上の空論は、正に経験に非ず苦しい経験、悲しい経験、様々な経験は無駄では無い。
経験を忘却せず、自らの経験値として深く心に刻み込む時その経験は、あなた自身の宝と成りやがてあなたを救う事に成るのである。
経験から生まれる優しさは、無限の慈悲に変わり多くの人の助けと成るであろう。
その逆に、良い経験【自分に都合の良い】は、忘却する事が學びへの最短距離である。
何故か?
良い経験に執着する事は、都合の良い事を正とし苦難を邪と解釈するからである。
人間に生まれ都合の良い事ばかり考え生きれば、やがて自己中心性を助長する要因に繋がるからである。
例えば、政治家、経営者、その他が自己中の固まりで有った場合にどう成るか想像してみて下さい。
賢明なあなたになら、お解りのはずである。
悪の種は、発芽も早く成長は著しい。
正の種は、発芽し難く思うほど成長は見られない。
しかし、経験を感動に変える努力を惜しまない者には、開華を得る事が約束されて居る。
その喜びを、誰でも味わう事が可能である。
何方を選択するも自由、全ては己が生きる道なのだから。
南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主 永作優三輝