人生は壮大なドラマである。
母の胎内に宿り、この世にいずる【出る】母の胎内に宿りし時から、
起承転結が始まって居るのである。

何故か?母の胎内に宿っても、全ての子供が産まれて来る訳では無い。
流産、死産、堕胎される子供も居るのです。
《では、上記の子供達には魂は無いのか?いいえ有ります。
母の胎内に宿りし時点で、
人間としての人生が始まって居るのです。》
胎内に居ても自覚はある。忘れて居るだけである。

現に私は母の胎内にいた時の記憶がある。母の胎内から外界を視て居たのです。
期待と不安と言った様々な感情を抱え乍ら、母の胎内は暖かく愛と云う安心に包まれ、
身体が形成される日を待って居るのです。

そして母の胎内から出る日【出産】期待と恐怖で泣きじゃくる時、
疲れきった筈の母が優しく抱いてくれた瞬間、安心して眠ります。
その時点で普通の人は、胎内に居た時の記憶を失います。
後は、それぞれの人生を歩む事になるのである。

その後の人生は様々に変化するが、それは全て自分が選んだ結果である。【詳しくは密教塾にて解説して居る】
自分の人生をどう歩みどう生きるか全ては自由ですが、
自由には責任が伴う事を忘れてはいけ無い!

しかし乍らしあわせを望むのは当たり前で在ろう。
人の一生には起承転結が無い者など存在し無い。
【結】結び、結ぶ、結果、結末、全て結である。
大切な事は経験を感動に転化できるか、迷ったまま結【死】を迎えるかである。
自分に恥無い生き方こそ生きる最大の意味である。
南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝
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