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密教980 邪推

學ばぬ者は哀れである.

何故か本当に為を思う心を分からず、己が欲望のみに生き、

分からずじまいで死んで行く者が如何に多い事か。


以下一例である。


本物の親に我が子が可愛くない親など居ない。

しかし親の気持ち子知らず、安直な道を選び

やがて挫折、挫折だけならまだ良い。

引きこもり、家庭内暴力、自殺、最悪は己れの欲を満たす為に親を殺す。

全て邪推が、始まりである。

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本当に親の心が解っていれば絶対に出来無い事である。


親子だけでは無い人間関係も同じである。

自分は嫌われて居る。

自分は無視、自分は自分はである。

自分を売る必要は無い。

認めて貰いたい、自分を見て欲しい、下らない精神の未熟である。

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私がまだ寺に奉職して居る頃、

る老夫婦が、毎年同じ日に祈祷を頼みにお出でに来られました。

御子息の大願成就祈祷である。

たまたま私が担当させて頂きました。


そしてある年、御葬式の依頼を受け馳せ参じますと、

あの老夫婦の葬儀だったのです。


当然、御子息が喪主だったのですが、葬儀の席で御子息が言った言葉は、

意気地が無い親だったからこんな死に方をしたのだと言った時、

私は我慢たまらず全てを話しました。

御子息は、余程ばつが悪かったのか無言でした。


真を知らず邪推に走る時人は、闇に暮らします。

おもんばかる心無くして、真を知る事はありません。

知る、知って欲しい、知らせたい。

邪推が身に付いた者には、到底、理解しがたい境涯である。



南無大日大聖不動明王尊

金剛合掌

金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝






by kongousan-akafudo | 2019-01-08 06:00 | ◎赤不動明王院通信
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