私は現在祈祷専門僧でありますが、まだ若い頃、自身の無力感と挫折感を思い知る経験をさせて頂きました。
以下はその時の経験談であります。

私の友人である医師からホスピス病棟で患者さんの相談相手を勤めて欲しいと依頼を受け快諾し、週に二度病棟に通う事になりました。
そして始めて担当した患者さんは、末期癌のご老人であるしかしご老人は、頑固で誰の言うことも聞きません。

私は、大変な人を担当したものだと正直思いました。
薬が効かない時がやって来たご老人【お爺さん】は、悶え苦しみました。
その時、とじ【戸主】奥さんがご老人【ご主人】の身体を摩ると痛みが去った様にご老人は、眠りにつきました。
その後、何度も苦しみが襲って来るたびに、奥様が摩りまるで痛みが無かった様に眠られました。
そして最後の日が訪れ、お爺さんは亡くなりました。
私は、自身の無力さを感じ乍ら祈りました。
そして病棟を去る時、戸主に呼び止められ病棟の長椅子に座り暫時、お話しをさせて頂きました。
内の主人は、頑固者で若い頃から私も手を焼きましたと言われ涙を流されました。
その後に言われた言葉に、私も泣きました。
内の主人は、先生の来る日を楽しみにして居たのです。
何時も来れば文句ばかりを並べ、法話など聞きたく無いと言って居た、お爺さんが私の来訪を心待ちにして居た事を知り、有り難さと自身の未熟さを恥ました。
あれから数十年、私もお爺さんである、光陰矢の如し、學びの大切さを実感する、今日この頃です。

南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動院 院主永作優三輝
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