
私は、障害者と言う言い方に疑問を持って居る。確かに、身体に様々な不具合が有ったとしても、それは個性の表れであると考えます。
健常者、障害者の区別は、他と違うから?の考え方も間違えである。
身体が弱い人を皆で助け合い、共に生きる事こそ、真の人間愛ではないでしょうか。
例えば、発達障害のお子さんをお持ちのお母さん、その子は障害ではなく個性的なのです。

産経新聞、12月2日の朝刊を読み、私は涙した。
【将来を悲観命絶つ、こんなママで本当にごめんなさい】の記事を読んで愕然とした。
もっと世の中に心靈學が浸透していれば、この様な不幸な事は大幅に減るであろうと、自分の力の無さに反省である。
障害は個性なのです。
他の人と違うから、他の人が出来る事が出来ない、みんな同じでなくても良いのです。
むしろ同じである必要などないのである。
私の弟も知的障害者でした。
幼い頃にはイジメられ、何時も泣いて帰って来ました。
私はそんな弟を可哀想になり、イジメた相手を私が懲らしめ、イジメは無くなりました。
弟も成人し、今では立派な社会人。
人間は、それぞれに學びの道は異なります。

人生は履修の繰り返し、様々な生き方、様々な學び方があります。
皆で支え合い、助け合い、生きる事こそ魂の學びです。
一人で悲観せずに、話し合いましょう。
南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝
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