
人間は、どんなに欲をかいても、消費する量は知れた物である。
例えば、私はダイヤが好き、私は純金が好き、私はブランド品が大好き、純金が好きな人ならば、全身に純金を付けて歩けば良い。
歩ける重さでは無い!
ダイヤが好きな人の場合、好きなだけ身に飾れば良い。
当院の支持者の方で、宝石の卸業を営んでおられる社長が教えてくれた事実を、差し支えない部分だけを記します。
ダイヤの相場市場は、全てユダヤ系が支配して居り、ユダヤ系がダイヤを市場に放出すれば大暴落し、価値は地に堕ちるであろう。
私の信条。
私には、理屈や見栄は必要無い。
衣服は、寒くなければ良い。
法衣以外に興味は無い。
法具は本物を追求し、無ければ復元に力を注ぐ。
それは、後進に受け継ぐ為である。
例えば、現在、お大師様の実際にお使いになられた法具を知る方がどれだけおられますか?
本物は本物を知る。
私が言いたいのは、好きか嫌いかである。
本当に自らが好きならば、見せびらかす必要も、他の眼を意識する必要も無いのである。

見栄は欲の始まり。
見栄を捨てれば、自分の好きな事、ものが視えて来ます。
人間は好きな事に出逢う刻、しあわせを味わうのではないでしょうか。
南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝
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