
今日、日本固有の文化が失われつつあります。
礼儀、礼節、作法、躾がなって居ない人を眼にする時、この人はどんな生き方をして来たのかと、疑問に感じる事が多々あります。
例えば、車の中からタバコを外に投げ捨てる。
その車には、灰皿が装備されて居ないのか?
灰皿が買えなかったのか?
ならばタバコなど辞めた方が良い。

また、酒を飲み馬鹿げた行為をする者は、酒を飲む資格も無い。
会社で部下にパワハラを行う上司など、人の上に立つ資格が無い。
では何故、上記の様な事が連日の様に、ニュースを賑わすのか。
それは、人間的躾が出来て居ない証拠である。
躾の意味がわからない者に、作法、礼儀、礼節など到底、理解不能で有ろう。
本当の躾とは、読んで字の如く身が美しいと書きます。
身が美しいとは、着飾る事に非ず。
立ち居振る舞いであり美しい心の具現化である。

目上の人の話を聞く態度もその一つである。
その態度が出来無いのであれば、退席すれば良い。
但し、その後に来る現実も、我が身に来る事を覚悟しなくてはならない。
利益も不利益も、我が身の振る舞いの果てと受け入れざるを得無いのである。
心の立ち居振る舞いが、必要な時代ではないでしょうか。
南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝
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