私はその頃、ある修行の為に片道の電車賃だけを持ち旅に出ていた。
勿論、帰りは現地から徒歩で帰って来る修行である。
帰りは当然一文無し。
土地で、托鉢をしながら帰って来るのである。
ある地方で托鉢修行をしていた時、一人の男性が言いにくそうに話し掛けて来ました。
話を聞いてみると、お子さんが高熱を出し苦しんでいると言うのである。
お医者様に診て貰いなさいと言うと、医者には行ったが原因が分からないという。
【薬も貰い、安静にする様に言われたが、どうしてもじっとして居られず私に話し掛けたのです】
その親子は、近年お母さんを亡くし、父と子の二人暮らしだったのです。
私は、渾身の力を込め祈った。
夜も更け、ご主人の勧めで一夜の宿をお借りする事にしました。
私は、夜中に厠に行く為に起き上がろうとして、ふと、親子の寝て居る場所を見た。
その時、驚きと感動に涙が溢れました。
亡くなったお母さんが幼子の側に寄り添っている。
その姿は子を想う母そのものである。
疑うべきも無い。
ふと、氣づけば夜明けであった。
お母さんの姿は無い。
幼子の熱は下がり、ミルクを飲んで元気を取り戻して微笑んだ。
母は霊体に戻りながらも、我が子の為に禁を破り、降りて来たのである。
正に慈愛である。
私はご主人に事の次第を全て告げました。
ご主人の眼には涙が溢れた。
仏壇の前に座るご主人の背中は、悲しさと寂しさに震えて居た。
私はご主人に、霊的世界を理解出来るように、全身全霊を込めて話しました。
ご主人は理解され、現在も學び続けておられます。
あの時の幼子も、今は立派に成人し、美しい娘に育ちました。
南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝