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憑依に関する密教ブログ⑥

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■魂の行方

大変な事件が、日本各地で頻発して居る。

正に修羅場。
罪も無い老婆が暴力に依り重症、障害者施設で惨殺事件!
此れは、異常事態と云う他は無い。

犯人はいずれ死刑に成るであろうが、犠牲者は帰りません。
犠牲者の方々の冥福を祈ります。

事件後、必ず犯人の精神状態が云々されるが、異常な犯罪を起こした者が正常な訳が無いのである。
正に異常者。
根底に何があるのかが、重要な点であります。

私は、魂レベルが重要と考える。

魂のレベルは、生き方に重要な作用を起こします。
本人が自覚し、學ぶ時、確実に成長して行きます。

その反対に、學ばず、ただ自己顕示を繰り返せば、魂は汚れ、退化します。
犯罪者が反省せず、刑の執行を受けた時、《死刑》どう成るか?

肉体は滅びるが、魂は野放しに成り、同じような魂レベルの者に憑依し、悪事が繰り返すのである。
此れを、信じようが信じまいが自由ですが、確実に現在進行して居るのです。

その証拠に、近年の異常犯罪の増加が見られる事は、皆さんもご存知のはずです。
そして、その闇は、確実に広がりを見せております。
いつ自分に降り掛かって来ても、おかしく無いのです。

私は、宗教をやりなさいとは言いません。
正しい信仰心を持つ事を、勧めて居るのです。

信仰心は、誰でも持つ事が出来ます。
お金も要りません。
必要なのは、真摯に學ぶ心と、學ぶ為の行動力だけなのです。

では、どうやって學ぶか?
理性的に判断すれば良いのです。
妥協せず、探し求める時、必ず導きの力が働きます。
自身の中に、引きこもって居ては、學びも解決の糸口も現れません。

一歩を踏み出すのは、あなたなのです。

■眼に視え無い脅威

憑依を甘く見てはいけません。
今回の大量殺人事件が明らかになれば成るほど、不可解な犯人像が視える筈《です》
あの犯人は、明らかに完全憑依である。

もう、こちら側に帰って来ることは無い。
未来永劫にわたり、あちら側の住人と成り、弱い人間に憑依を繰り返し、現界を自らの住み良い場所にするまで、憑依し続けるのが特徴である。

此れを防ぐには、波長を上げるしか方法は無い。
《密教秘法には、防ぐ法もある》

私は、何年も前から皆さんには言って来ました。
時期も事象も、ただ私のブログを理解し、俯瞰する人は少ない。

しかし、確実に増えて居る。
私は、その方々の為になら秘法も使います。

今の現界は、自分で身を守るしか無い状態にまで悪化して居ます。
自身で、現状と現実を見極め生きる時、必然的に答えは導き出せます。

あなたが本当の理論、実践法を學び、精進する事があなたを開運に導きます。

■狐憑きに成った少女

夏に成ると、必ず始まるオカルト番組。
視聴者は怖がり乍ら楽しむ、何時ものパターン。
其れは其れ。

しかし、考えて頂きたいのです。
あなたの死後《怖がられ、騒がれた時を想像して下さい》あなたは平気ですか?

以下は、私が除霊した一例です。

彼女は、小学生。
ご両親の依頼を受け、私はカウンセリングから入り、除霊を決意した。《専門医の診察後》

少女は、ある祠にお願い事をしていた《内容は、不問》
同時に、コックリさんや、々な霊的アイテムを本を読み乍ら自身で作り、遊びでやっておりました。
《ご両親は、知らなかった》

ある日の夜、少女は異様な言葉を口にする様になりました。
また、食べ物の好みも、一変していったのです。
医師には情緒面の不安定を指摘され、お母さんは仕事を辞めて少女に付き添い、眼を離さなかった。

しかし、お母さんがトイレに入った隙に、少女は冷蔵庫の中のある物を口に咥えていた。
お母さんは仰天し、その晩お父さんに相談し、私の寺に来たのです。

少女は、間違え無く低級霊に憑依されている。《完全憑依状態》
このままでは、人格も破壊されるのも時間の問題である。

私は、少女に霊的呪縛を掛けて動きを封じ、眠らせた。
ご両親に、抱き抱えられて居る少女は、全く普通の小学生です。

私は御本尊に慈悲を願い、摩利支天法にて除霊致しました。
その後、少女は何事も無かった様に、元気に登校しています。

全ての霊的アイテムは、寺でお焚き上げをして消去しました。

昨今、霊的アイテムが巷に溢れて居るが、確かな知識も無く自身の欲望のままに使えば、大人子供の区別無く憑依に苦しむ事に成ります。
《信用するしないは皆さんの各自の御判断で 》

霊的アイテムの現代用語に騙されてはいけません《カタカナ表記》

霊的アイテムは、確かな指導を受け、學び、使える物なのです。
私の主催する密教塾では、その詳細を明らかにし、禁止して居ります。

■浮遊霊

これから盆にかけて、浮遊霊《未浄化霊、低級霊》の動きが活発化します。

皆様、呉々もご注意下さい。

浮遊霊とは、供養もされ無いしても貰えない霊です。
それが何故、活発化するか?
盆は何処の家庭でも、御先祖様の慰霊の為にお供物を捧げ、供養されます。
しかし、浮遊霊《未浄化霊》には届きません。
哀れな浮遊霊は、逆恨みして悪事を重ねるのです。

そんな時に、ネガティヴな考えや、ネガティヴ思想の持ち主が現れた時、最適な憑依相手と成るのです。
それは、正に類は友を呼ぶ。という事です。

ネガティヴ思考は、何事においても良い事とは言えないのです。
明るく前向きに考える事こそ、最良の開運法なのです。

其処に、密教の秘法が加わる事に依り、磐石な開運結界が完成するのです。
自身の人生を輝かせ、より良く人生を歩んで行きたいとお考えの方はご相談下さい。

本当の意味での開運法は、明るく前向きなあなたにふさわしいのです。
また、何を行っても上手くいかない方、一度ご相談下さい。

■動物霊

動物霊には、大別して、二つの存在に別れます。
優しく飼われた動物と、虐待され死んで逝った動物です。
優しく飼われて居た動物は、素直に動物の霊界に帰って、次の輪廻を待ちます。

しかし、虐待されて人間不信に成り殺された動物は、間違い無く浮遊霊と成り、人間に憑依する低級霊と成ります。
この場合、一つの霊なら余り怖がる必要は無いのですが、怨みに燃える浮遊霊が重なり合えば、普通の人間など一溜まりもありません。

成す事全てが裏目にでて、人生はメチャクチャに成ります。
気づいた時は、後戻りが出来無い犯罪者か、自殺して地縛霊と成り、他人に憑依し、自殺を繰り返す未浄化霊に成ります。

罪も無い動物を、ただ己れの感情のままに自身の都合で扱う事は、霊への冒涜にも繋がります。
最後までパートナーとして愛せ無いのなら、飼わない事であり、興味も持たない事が良い。

全ての動物には魂があり、その魂を粗略に扱えば、自身も粗略に扱われる事は自明の理である。
興味が無ければ、無関心で良い。

虐める必要も、虐待する必要も無い。
愛したく無ければ、無視すれば良い。
関わる必要も無いのである。
愛情の裏返しは、無関心。

但し、愛の無い人は、愛される事も無いと知るべきであるのです。

■修法受け取りの旅

今回、私は本山に修法受取りの旅に行って来ました。
其処は、千二年の間を超えた世界であり、私にとって素晴らしい世界でありました。

しかし、余分なものも存在しました。
キメラである。《憎しみ、妬み嫉み、で作り上げた化け物》
常人には解ら無いが存在し、憑依はしないが、様々な霊現象を起こし人に害を為す。

キメラは、最近様々な所で見られる様に成った。
これは、危険信号である。
キメラが自主性を持った時、普通の人に打つ手は無い。
特に多いのが、職場や学校にいるものが始末に悪い。

これから、霊媒体質の方は注意が必要です。
たまたまその場所に行って、気分が悪く成ったりする場合は要注意である。
直ちに、その場から離れることをお勧めします。

簡単に対処出来る相手では無いので、離れるしか方法は無いのです。

如何してもその場所に行かなくてはなら無い場合は、強い御守りを携帯して下さい。

■重なる不運
何をやっても、上手く行かない上に、買った物は、不良品だった場合、その人に摂って人生そのものが嫌に成る場合があります。

其処につけ込むのが未浄化霊《悪霊》である。
そして自殺に導きます。他にもこんな事例があります。

自分には、霊的能力が無いにもかかわらず、見えた振り《霊体》をして、
最後は、未浄化霊に憑依され、人生をメチャクチャにされた人、
自殺した人、犯罪者に転落した人と様々である。

一例を挙げれば、その人は、他から、〇〇さんは何でも出来ると褒められている内に、
他の人に相談されるがままに、霊的事にも興味を持ち、始めは、マンガの知識でしかなかった事が、
続けるうちに自分にも見えると錯覚し始めたのである。

此処まで、で止めておけば良かったのである、
《霊的存在は、波長が合う者を探し憑依し、身体を乗っ取り、思うがままに支配します》
霊的存在《霊霊》は、何故、支配しようとするのか?
自分がやれなかった様々な執着を他の身体を使い、成し遂げ様としますが、
元来いい加減な性格が根底にある為に何も成し遂げられ無い事に、氣づいて居ないから、未浄化霊に成るのである。
そんなものに憑依されて仕舞えば正に万事休すと言わざるを得ません。

皆さんは、大丈夫だと思いますがくれぐれも霊的な事を気軽にオモチャにしては、イケマセン、
私は見えるし、霊的能力があると思う方には、何も言いません。

私は、この能力がある為に人生の中で、様々に苦しんで参りました。
私は、言います。
霊的能力など必要が無いと。

■生き霊《怨みの念》

私がまだ寺に奉職して居る頃、ある会社のお偉い方の加持祈祷を頼まれ、《病気平癒》厳修致しました。

一度目は成功し、元気を取り戻して仕事に復帰されました。
其れから暫くして、また同じ方が体調を崩され、依頼が来ました。
《側近の方が依頼》

私は不思議に思い霊視すると、生き霊が憑依している。
それも、不特定多数。
とても、祓い切れる数では無い。

何故か?
仕事が原因である。
仕事の内容は、霊視して解っておりますが、私の立場から辞めなさいとは言えません。

カルマは、人が造り、人が増やすのである。
ましてや、仕事でカルマを増やすのは何ともしがたいが、助ける方法が無い訳では無い。
《御仏に帰依し、善行を積むことが功德に繋がります》

しかし、お金持ちほど御仏をお迎えする事を躊躇します。
依頼者のような場合、際限無く生霊が憑依を繰り返し、終わりが無い状態である。

誹謗中傷などしなくても、自分には、不利益など最初から無い。
嫌なら見ない。
聞かないが良い。
関係ない事に頭を使うより、自分の事で考えた方が、よほど賢明ではないでしょうか。

生霊は、誰でも発する事は可能です。



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by kongousan-akafudo | 2018-07-18 12:00 | ├密教の世界
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