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厨子に関する密教ブログ

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御厨子

御厨子は、聖徳太子が日本に初めて齎した《玉虫の厨子》が最も有名です。
一家に一仏の考え方を根付かせたのも、玉虫の厨子があったればこそと考えます


一般の方々はご存知無いかも知れませんが、特殊な厨子も存在します。
例えば、聖天厨子など正に小さな宮殿であります。
地は朱漆がかけられ、屋根は神輿の様に瓔珞、風鐸、打ち物金具が煌びやかに配された豪華絢爛な御厨子です。
ちなみに製作費用は300万円から。

また、宇賀神厨子なども特殊な作りであります。

下部は蓮華台、上部は如意宝珠を型取り、くり抜きの被せ厨子です。
また内部の色に秘伝あり、御厨子は、各御祭神の宮殿であり、秘伝も様々にあります。

当院の御本尊が鎮座される御厨子は、大の大人が入れる大きさで、木曽檜の一枚板で形成されております。

形は八角堂になっております天蓋は、中台八葉院を型取り純金箔仕上げです。
台座には、法輪を配し荘厳な雰囲気を醸し出しております。

それもこれも皆々様の御協力の賜物であり、有り難い事であります。

また、玄関には手水舎も完成し、烏枢沙摩明王尊《白御影石》で製作された尊像を賜わりました。

赤不動明王院は、これからも皆様の祈祷寺として邁進して参ります。


厨子の意味

昔、聖徳太子が一家に一仏の教えを確立され、一般家庭に仏壇が置かれる様に成った話しは、あまりにも有名な話しです。

聖徳太子の玉虫の厨子は国宝ですが、
今では、信仰の形態も様変わりしたように見受けられます。
今回は厨子についてお話ししたいと思います。

厨子とは祀り所であり、其処に大小の決め事は無い。
ただひたすらに祈る為にある。

一例を挙げれば、ある貧しい人が自分が静かに祈りを捧げる為に小さな仏像を手に入れました。

始めは、紙で箱を作り其処に安置しました。
仕事を終え、一人静かに手を合わせて居ました。

そのうち仕事も良くなり、お金も少しは余裕が出て来ました。

其処で考えたのが、このままでは仏様が可哀想だ、しかし自分の家は小さいのでとても仏壇などは置けない…。
其処で考えたのが御厨子である。

仏壇屋さんに頼み今、自分に出来る最良の御厨子を作って貰い、其処に仏像を安置。
毎日、祈りを捧げました。

それから暫くして良縁に恵まれ、今では、家族むつまじく暮らしています。
朝な夕な、家族で御厨子の中に鎮座する仏様を拝み、今も平穏な毎日を過ごして御いでに成ります。

厨子


厨子とは、仏壇を指します。
聖徳太子が玉虫の厨子を創建し、日本に広められたのが始まりです。

今日は、仏壇にまつわる私の経験談をお話し致します。

あるお宅で、異変が続くのでお祓いをして欲しいと依頼を受け、そのお宅に行った時の事です。
そのお宅では仏壇が無かったのですが、中古で良い物が安くあったので購入を決めたそうです。

いわゆるサイトで、出どころが解らない品物です。

その仏壇には、前の持ち主の怨霊が宿っていたのです。
私の物を返せ。と訴え、物への執着が剥き出しである。

こうなった場合、説得は不可能です。
私は、霊界に使者を頼み、送り返すしか方法は無く、送り返しました。

この場合、送り返された者は苦しむことになりますが、仕方がありません。

その後、仏壇は専門の炉で荼毘に伏しました。

皆さんには、仏にまつわる物は絶対に中古は避けることをお勧め致します。
いくら安くても、因縁まで買う必要は無いのでしょうか?

仏壇の話し

仏壇は、古来、聖徳太子が信仰を広める為に考案した一家一仏思想が始まりである。

現在では、仏教、神道と分かれて居るが、元は同じなのです。

その証拠に法隆寺は、聖徳宗であり、様相は、仏教に酷似して居るが、僧侶の服装は、白衣に袴の神道色が濃い物に成っている。

仏壇は、聖徳太子伝来の玉蟲の厨子が始まりと言われて居ります。
仏壇は、礼拝所、お墓は、面会所です。

お墓に忙しくて行けない方々は、仏壇に礼拝する事で、ご先祖様と意思の疎通を計る事が出来ます。

私のところは、お墓も遠方にあり仏壇も無いが、ご先祖様に気持ちを伝えたい、礼拝がしたい方々は念持仏を持たれる事をお勧めします。
念持仏の場合は、仏壇と違う所は礼拝は、もちろん密かな願いを託す事が出来ます。

但し、念持仏だからと言って、何でも良い訳では、ありません。
素人の方では、到底無理な仏が居る事も事実です。

中には、一度拝んだら一生涯、拝む事を強要するものも存在します。
それから絶対に手を出しては、行け無いのが、中古の仏像です。

本当の撥遣作法が成されて居ない場合があります。

それと、呪いが目的でひつらえた仏像に手を出して、人生をメチャクチャにされた、事例もあります。

仏像は、仏師が精魂を傾けて製作し僧侶が開眼供養してこその、念持仏で御座います。

素人判断は、危険を呼び込む事があります、呉々も御用心ください。


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by kongousan-akafudo | 2018-07-01 12:00 | ├密教法具について
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