傲慢とは何か?②

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慰霊

私の元には連日、様々な相談や依頼御座います。

一例を挙げますと、憑依現象に依る異変が最も多く、中には明らかにポルターガイスト現象であると断言せざるを得ない事例もあります。

ポルターガイスト現象とは騒霊現象であり、その実態は、家人のエクトプラズムを憑依霊が勝手に使う事が一番の原因であるのです。
これは、好むと好まざるに関わらず発生する霊現象であります。

これを撃退するには静電気が有効ですが、悪用を避ける為に此処では伏せ置きます。

私の寺では、加持祈祷に依り撃退しますが、撃退だけでは不完全である事を皆さんにはお伝えします。
様々な方法で撃退出来たとしても、また直ぐに憑依を繰り返します。

これを避ける為に、行うのが慰霊なのです。

当院で行う慰霊法とは、憑依霊に合った霊を召喚して霊界へといざない、二度と現界に舞い戻る事が無き様に説得し、説得に応じた霊体の慰霊を行ないます。
が、慰霊に応じ無い霊体には、然るべき修法にて調伏して居ります。

慰霊とは、霊体に納得して貰い、再生を促す方法と私は考えます。
納得も無い慰霊行為は傲慢であり、押し付けでは無いでしょうか?


ご縁

当院には、老若男女問わず、沢山の方々が御本尊赤不動明王尊様を慕い、御縁を結びに参られます。
胆に感じ、御縁を実感されて、皆さん、安心立命を体感されて居られます。

そんな時拙僧は、僧侶として最高の喜びを実感させて頂きます。

皆さんが、御本尊赤不動明王尊様と御縁を結び、御本尊様の慈悲に触れる時、其処には安心が開かれ立命と成るのです。

私達人間は、ともすれば傲慢な心に翻弄され、自分本意の生き方に成りがちです。
今こそ本来の自分に立ち戻り、真の信仰とは何か?を見極め、邁進する時なのでは無いでしょうか?

様々な悩み苦しみは、何処から来るのか?
何故、苦しむのか?
考える時なのです。

乍ら的に生きて居ては、いつまで経っても、苦しみの世界から脱する事は出来ません。

考えを改め、真に學ぶ事を求める時、其処には御仏の大慈悲が働き、あなたに學びの道を御示し下さいます。
あなたがする事は、御示しに成られた手を摑むだけなのです。

御仏は、望む者には道を御示しに成られます。
御仏は、望まぬ者には、御示しに成りません。

何故ならば、気づきを待つのも御仏の大慈悲だからなのです。

眷属神

今日は、当院の御本尊赤不動明王尊様の御眷属様についてお話しさせて頂きます。

普通に知られている不動明王尊様の御眷属様は、三十六童子が有名です。
三十六童子のお一方でも、一千万の従者を従えて居られる頭領が不動明王尊様で御座います。

その他には、《順不同》帝釈天閻魔天、伊舎那天、火天、地天、風天、水天、毘沙門天、羅刹天、梵天、日天、月天、稲荷、龍神、まだ続きます。
赤不動明王尊様には、その上にまだ、秘密神が御眷属様として連ねて居られます。

特筆すべきは、毘沙門天はもともと夜叉の王で御座います。
羅刹天は悪鬼の王。
閻魔天は地獄の王。
伊舎那天は破壊神で忿怒身で御座います。
以上の御眷属様でも、恐ろしい力が御座います。

人間がどうこう出来る様な方々では御座いません。

御眷属様を動かせるのは、頭領である不動明王尊様だけなのです。
私は四十年以上、行者として道具として御本尊赤不動明王尊様にお仕えしておりますが、自分では何も出来ません。

全て、御本尊赤不動明王尊様のお計らいで生かさせて頂いております。

御仏を尊び、御先祖様を敬い、毎日を感謝して生きる時、自然に身に着くのが信仰心なのです。
敬い尊ぶ心を欠く時、其処に残るのは傲慢の一文字。
己れの分をわきまえ、御仏にお仕えする事は、私にとって最高の喜びなのです。

新たな躍進

当院は、本日より新たな躍進に向けて進んで参ります。

正しい事を正しいと言え無いようでは、自身の生きた足跡を穢すのと同じでは無いでしょうか。

私は、ハッキリと断言して参ります。
そして、様々なイジメ、誹謗中傷を受けて泣く人達の盾と成り、場合によっては闘います。
全ての人に、自己を護る権利があります。
しかし、私の様に闘える人ばかりでは無い事も存じております。

昨今、会社や社会で誹謗中傷を受けて精神を病み、ある人は自殺に走り、ある人は自我を押し殺し、唇を噛んで我慢し、やがて自己崩壊する人が激増して居ります。

その現実を見るとき、最早日本は、厚顔無恥な輩が魑魅魍魎の様に闊歩する魔界では無いのか、と考える時間が増えました。
他人の言葉じりを取って批判がましい言葉を投げかけ、あたかも正義の味方のように振る舞う輩には辟易する。
霊界の法則を真に理解した時、増長傲慢たる者は震え上がるで有ろう。


嫌なら見なければ良いだけである。
また、嫌いなら付き合わず、無視すれば事済む事なのである。
愛情の裏返しは無関心であり、無関心なら口を出す必要も無いのです。

例えば、職場に嫌な者が居るなら、誰よりも売り上げや利益を上げて行く努力をすれば良いのです。
やがてあなたは、他を引き離して成績上位者になれば良いのです。
その時、振り返れば、嫌な奴は遥か下方に居る事に気づくはずです。

要は、精力善用である。


離婚 失恋

何故、人は、愛した人と別れを選んだのか?
それは、愛が冷めたのでは無く、愛の電池切れ現象が原因です。

始めの頃は、お互いが求め合い、全てを分かち合い、求め合って居たのに、最近はとても冷たい。
という相談が私の元に寄せられる事が多く成りました。

一言で言えば、愛の電池切れ現象が原因なのです。

電池切れは、何故起こるか?
充電をして居ないからなのであるのです。

電池は容量が決まっていますが、愛の電池も普通は容量があるのです。
充電もせずに使って居れば、電池切れに成るのは当たり前なのです。

人間も充電が必要なのです。
《電力》では、ありません。
心の充電なのです。

心の充電は、簡単です。
真心です。
真心とは、相手を思いやる優しさから発するオーラなのです。

優しさオーラは、人類共通です。
真心から出る優しさオーラは、最高の充電氣なのです。

求めるばかり、与えるばかりが、真心では御座いません。
足るを知る心が、人の心に芽生えた時、愛は永遠に不滅です。

分け合い、分かち合い、共に生きる時、其処には愛の電池切れは存在致しません。

愛の形に、男性も女性も無いのです。
男だから、女だから、こうするのが当たり前と考える事が、愛の電池切れを早めるのです。

男だからと想う人の心の中を覗いて視ると、其処には《女性も同じ》して当たり前、して貰って当たり前と言う感情があります。

これでは、愛の電池は消耗して当たり前なのです。
その感情は、何処から来るのか?
それは、自身の傲慢さから湧き出る我儘なのです。

大切にしたい愛には、真心で向かって下さい。
皆さんのしあわせを、御祈念申し上げます。

縁切り法

人間関係は、何時の時代も悩みの種は尽きません。
増して男女の関係は、複雑な事情が入り組み、中には事件に発展するケースも少なくありません。

それは、執着心が高じて愛憎に変わるからなのです。

あれ程、愛して居たのに。
あんなに良くしたのに。
あれだけ尽くしたのに。
理由は、様々です。

しかし、根底にあるのは、全てがエゴイズムから発する執着心と傲慢さなのであるのです。
女性から、愛想をつかされたら、綺麗に別れれば良いのです。
それが男だと私は想いますが、なかなか簡単には行かないようです。

私の寺には、様々な事情で相談が絶えませんが、縁切りの相談が多いのも事実で御座います。
昔から縁切り寺がある様に、縁切り法の依頼は絶えません。

それは人の心に、価値観の変化が如実に現れた結果 生じた結果であり、当然と言えます。
しかし乍ら現実には、皆さん苦しんで居られのが現状で御座います。

密教の秘法は、それらの苦悩、苦しみを解放し、しあわせに導く法が用意されて御座います。

絶望や諦めに翻弄される前に、ご相談下さい。
全ては、人事を尽くして天命を待つの境涯を目指し、頑張りましょう。





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by kongousan-akafudo | 2018-06-22 12:00 | └私たちの暮らし

大阪府松原市の単立密教寺院 金剛山赤不動明王院のブログです。


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