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霊符に関する密教ブログ

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密教の護符

霊符と言えば、中国韓国が盛んですが、以外に知られて居ないのが密教の霊符なのです。
中国は、道教の影響が濃く、韓国はムダンの影響が濃く表れて居ると考えます。

密教の霊符は、中国韓国と全く違う様式が発達して居る事は、ほとんど知られて居ません。

それは、何故か?
密教の関係者が、完全秘密主義だったからなのです。

そしてその影響は、現代に現れている事に気づく関係者は少ないです。
何故ならば、使わなければ段々忘れられ、需要も減り、最後には、伝承は形ばかりに成り、効力も失われ、やがて消え去るのです。

今、密教寺院に残る護符は、優れた先代が残された護符を焼き増して居るに過ぎません。
私の知る限りでは、新たな護符を謹製したとは、想えません。

新たに考え制作せずとも、素晴らしい護符が密教には存在して居るのです。

しかし、世に出さず秘密主義のベールを掛けたままでは宝の持ち腐れです。
私は、これを機に護符の復活を宣言し制作して参ります。

例え、私の時代で世に出なくとも、弟子に託し継承して参ります。
私の信念は、密教は文化の宝庫であると断言し、継承して参ります。

霊符

古来より、様々な事で霊符は用いられて来ました。
その霊験はあらたかで、特に頻繁に用いられた時代が平安時代です。

陰陽道が盛んに成り、霊符は必需品とも言えるほど用いられました。
しかし、その源流が密教である事を知る者は少ない。

本来、密教は両部神法が基本であり、現在とは形態が異なる。
あの悪法《神仏分離令、廃仏棄釈》が、今の仏教界を衰退させたと言えよう。

また、その弊害も甚大であった。
和歌山が生んだ大学者、南方熊楠先生の著書には、その時の日本政府役人の汚さを克明に記されている。
また、明治天皇にも言上申し上げたが、結果は周知の事実である。

この時代から、霊符は影を潜めていったのである。
そして現在、密かな霊符ブームが到来して来ました。

しかし、見るに耐えない酷い物も紛れているのも事実である。
霊符の作成は、斎戒沐浴し、炭にある物を混ぜ、書法も独特である《朱を用いる事もある》

梵字とは、違う図形や文字も用いる。

密教には、秘書として、資料室に保管されているのも事実である。
何故、秘密書籍となったか?
それは、効験の凄まじさと、悪用を避ける為にとられた処置である。
この秘密書籍は、簡単には見ることが出来ない《資料室に出入りする特別な許可が必要》

私は、混迷する現在の状況には、密教霊符が必要と考える。

霊符

密教には、古来より護符が伝えられております。
私が知るだけでも二百を数えます。
書き方と紙の色、墨の色、濃淡を組み合わせる事により、様々な効力を発揮します。

中でも、恋愛関係の護符は昔から人気があったようで、その形態も数多く残っております。
いつの時代も、恋は盛んだったようです。

密教には、護符だけではなく霊符も数多く存在します。
現在も使われているものも数多く存在します。
霊符は、災いを断つ為であったり、良い結果を呼び寄せる為であったり、と様々です。
但し、悪用、模倣を避ける為に此処では公開しません。

祟り

祟りは、様々な場所、場合があります。

しかし原因は、全て、こちら側なのが現状であり、今も各地で繰り返されている。
私の元に来た相談もその一つである。

夏の暑い日にそれは起きた。

Aは、大工見習いをしている。

青年だが信仰心の欠片も無い男である。
そんなAが母親に連れられ、私の元に来た。
母親は、御本尊様に信仰心を向ける善良な方である。
母親の頼みで、私がAを霊視すると、古い社が視えた。

社の中には、古い仏像が安置されている。
祟り神である。
この祟り神は、昔、我が子を失った親達が、子供を殺した魔物封じの為に、安置した物であり、かなり想いが籠っている。

何故、Aが社と関わったか?
それは親方と一緒に、ある古民家のリホームに来て、たまたま隣が社であったのである。
親方と一緒に仕事をしている時、尿意をもよおし、社に放尿したのである。

馬鹿者である。

しかし馬鹿者がもう一人…親方である。
あろうことか?親方も、社に放尿していたのです。

Aは、素行は悪いが、母親思いの青年である。
それを視て、今回の祈祷を引き受けたのですが、本来ならキッパリ断わる事案である。
それほど大変な事案なのである。

しかしこのままにしておけば、Aの命は無い。
本人は、どうなろうとも自業自得である。
しかし母親の頼みを、断われない。
私にも、子供はいる。

母親の気持ちが解る私は、霊符を用意して、親子にこう告げた。
「今日から3日の間、家から一歩も出てはいけない」と。
そして私は、加持祈祷に入った。

しかしAは、母親の眼をかすめて、その夜遊びに出たまま行方不明である。
まさに、必然である。
成るように成ったのです。



by kongousan-akafudo | 2019-10-09 12:00 | ├密教の世界
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