![]() ■厚顔無恥 厚顔無恥とは、詐欺師の総評である。 他人が苦心惨憺して完成させた物を、自分が創始したかの如く見せかけ、他を欺き、利益のみを飽食する行為は餓鬼道也。 自分は、労せずして奪う。 正に、餓鬼。 畜生の類いである。 スピリチュアリズムの表記ではアカッシックレコードと言い、現界での自身が犯した事は全て記録されています。 その機能は、スーパーコンピュータを遥かに凌ぐ性能です。 この事は、世界の霊能者が認めて居る事実であります。 お疑いの方は、自身で心霊科学書を紐解いて頂けば、私が言う事が事実である事がお解り頂けます。 私は、自信を持って明言します。 厚顔無恥な行為は、身の破滅であると。 ■降霊法 古来より様々な方法で降霊法が実践されて来たが、未だ科学的にも確立をみないのが降霊法である。 霊的視線で観る時、様々な事が浮上して参ります。 それを一般の人でも解るように科学的見地で解き明かせば、大幅に改善される事は、云うまでも無い。 科学的に、理性的に、智的に解釈が急務。と私は常々思って居る。 その時に霊的視点に駆け込んでも、遅れた分を取り戻すには何倍もの努力が必要に成る。
特に外国の論文は有益である。 ■親交 私の今迄の人生で最高の財産は、各界の人格者である諸先生との親交であります。 明日の食事代にも窮する様に成ってから私の寺に相談に来られました。 結果、直ぐに表れました。
彼にとって今回の事は、人生の學びであり、宝なのです。 ■霊能者不要 私の寺には、他の霊能者と云う方に見て貰ったが思わしく無い、と言う方が多いのです。 私は、ハッキリ言います。 頼る前に、何故、自身の能力に頼らないのか? 貴女も貴方も、本来、霊的な存在なのです。 自身が學び、会得すれば、頼る必要はありません。 人間の能力に、本来、大差は無いのです。 有るとすれば、経験と學びの差だけなのです。 しかし、見分けることは難しいです。 以下に例を幾つか、羅列して置きます。 参考にして下さい。 ①不安を煽りたてる様な霊能者は、インチキである。 ②祭壇が簡易的な者も注意が必要です。 ③殊更に物品の購入を勧める者は、要注意です。 ④霊能者は、生死に関して祈祷を勧め、高額な料金を提示する事はありません。 ⑤霊能者は、本来御役目。神仏に恥じる行為は自粛して居ります。 ⑥あなたが納得して居ない時は、止めて下さい。 ⑦自身が考え、選び、進むのも必然であり、選びし事なのです。 ■手放す勇気 人生には、様々な困難があります。 しかしそのほとんどは、自身から発している事に氣づく人は少ない。
傷つけ、傷つく前に手放す勇気を持って下さい。 手放すことは、執着から離れることにも繋がり、人生をより深く掘り下げる早道と言えます。
全てを見誤り地獄の中に生きる事に成ります。
それはいずれその者達が味わう事になる。
全ての涙が枯れるまで、そして涙が枯れたら立ち上がり空を見て下さい。
その逆に傷つけ喜ぶ者達には、真の自然を終生味わう事はありません。
手放す勇気を持つ人は、幸いである、執着の海は深く暗い。
例えば男女間の争い事も、片方だけに非がある訳では無いはずである。 様々な原因が無ければ結果も無いのです。
それが最後、憎しみ合うだけであれば、過去も現在も未来も憎しみの想いに捉われ、 安心の日々は遠ざかり、不安の渦中に身を任せる事に繋がり、しあわせは訪れません。
憎む気持ちを手放し理性的に対処する人には、理解の海が視える様に成るのです。 ■死に逃げ 皆さんは、死んだらどうなるか御存知ですか? 大部分の方は、死んだら終わりと考えて居るでしょうが、死んでも終わりは、来ません。 むしろ、肉体が無い分、精神は、研ぎ澄まされ鋭燐に感じます。 そして、何故、死んだのに意識があるのか不思議に思うでしょう。 当然です、肉体の衣に包まれて居た時は、肉体的衝動に左右され、自由では無かったのです。 死んだ瞬間から、肉体的拘束から解放された自分は、自由である。 しかし、其処には、法則があり自らが望み、生きて居た時と同じ道を歩んで行くのである。 悪人は、同じレベルの悪人世界に入り、殺し合い、傷付け合い、未来永劫続けて行くのである。 その世界に居るのは、生前に犯罪を犯したり、誹謗中傷を好み、嘘や詐欺行為を繰り返し死んだ人間が好んで行く世界《本当の地獄》である。 その世界は、殺しても死なない世界である。 何故か?滅する肉体が無いのだから当たり前です。 しかしその世界の住人は、痛みや苦しみだけは、持って居るのである。 何故か?《執着心》欲を捨てられ無いから、生前に罪を平然と犯したのである。 欲は、あらゆる神経に作用し、死しても生き続けます。 その逆に良い事は、血管を通り体内に吸収され良心を育みます。 ですから、人間は、生きた様に死ぬのです《死とは、言わば魂の解放》 だから、死に逃げは、出来無いのです。
by kongousan-akafudo
| 2020-01-17 12:00
| └私たちの暮らし
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