![]() 今日は「開運」カテゴリーの中のひとつとして「地鎮祭」につい書かれた記事をまとめてみました。 近年、地鎮祭を行う人が少なくなったそうです。 地鎮祭は大切な礼法ですが、その意味や価値を理解できる人が少なくなったということに他ならないのではないでしょうか。 対岸の火事としてではなく、我が身に引き寄せて噛み締めながらご覧頂ければ幸いです。 ■敬う心 近年、家を建てる前に行う、地鎮祭をする人が少ない。 そんな中で、今日の朝見掛けたのが、地鎮祭の準備会場です。 テントを張り、椅子を揃え、紅白の幕を張り、四方結界に注連縄を張り、立派な地鎮祭会場に仕上がっておいででした。 昨今、不信仰が広まる中、誠にあっぱれな備え! この土地に住まわれる方々の、信仰心の厚さが偲ばれます。 地鎮祭とは 産土神に対する敬いの現れ。 産土神はお優しい神様で、何もせずとも御怒りになる事はありませんが、敬う心には御加護を賜わります。 神仏を軽視すれば、自分も見放されます。 人間は苦しい時に神仏に助けを求めますが、貴方ならどうしますか? 神仏も、貴方の敬う行動をした通りに、作用して下さいます。 ■土地の因縁 土地には、様々な因縁が存在します。 これは、ごく身近に起こり得る事であるのです。 『 私は、大丈夫 』的な事は、通用しない実例である。 A氏は、所有するマンションを売却し、新たなマンションを購入した事から、不可解な出来事に悩む事になりました。 それは、A氏が新しいマンションに入居した日から起こりました。 誰も居ない台所から鍋が落下。 その音に驚いた奥さんが台所に行って見たが、何も無い! その後、連続して、毎日同じ時刻に音がするのである。 また、台所以外の場所でも、様々な不可思議な事が頻発しました。 最後には、夫婦の寝室にもそれは起こった。《人影》 たまりかねたA氏が寺や霊能者に依頼して祈祷をして貰ったが、その現象は止む事は無いばかりか、益々激しさを増したのです。 たまりかねたA氏は、友人を介し、私の寺に相談に来られました。 私は事情を聴き、A氏のマンションに行く事にしました。 数日後、A氏が迎えに来られ、私はマンションに向かいました。 マンションに到着した瞬間、強い波動を感じました。 しかし、敢えてA氏には告げて居無い。 A氏所有の〇〇号室に入って霊査するも、予想通りだった。 戦争の犠牲者を荼毘に付した土地だったのである。 《荼毘とは、火葬する事》 しかし、戦争の混乱の中での荼毘は、《火葬》とは、呼べないほど惨い扱いであり《人間の焚き火》供養などとは程遠いありさまである。 何度も何度も同じ場所で、遺骨を拾うこともせずに、繰り返し続けられたのです。 そして、終戦、混乱。 何時の日か、全ての事実は消えて行ったのである。 戦後七十年が経ち、現在、その事実を知る者は居無い。 荼毘の現実は知っている人も居るが、土地の場所まで克明に覚えて居る人は居無いのである。 しかし、確実に言えることは、その土地が存在する事実は曲げられ無いのである。 A氏に、私は言った。 『 一日も早く、このマンションから出なさい。』 そして、この問題はA氏だけでは収まらなかった。 同じマンションの住人にも、起こって居たのです。 マンションは敷地面積も広く、土地の履歴を調べる事が困難です。 そのうえ営利目的の為に、徹底したコスト削減から、ほとんど地鎮祭や浄化祈祷は行われ無いのが現状です。 そして購入者も、利便性と集合住宅である事から、あまり土地については関心が無い様です。 A氏のマンションで起こった霊事では、現在住人のほとんどが退去して居る。 そして、売却したくても、買い手が見つからずに困っております。 しかし、この物件を浄化して因縁霊を成仏させるには、大変な人数の法力僧が必要なのです。 私ひとりの力ではどうしようも無いのが現状である。 では何故、そこまで悪化したか? まだ更地なら、打つ手は合ったのです。 しかし、建物は集合体。 一部屋一部屋を、同時に祈祷浄化する事は不可能である。 皆さんも、考えて頂きたい。 説得する相手が複数人居て、聞き分けの良い人もいれば、言う事を聞かない人も居る。 中には、凶悪の者も居る。 そんな状況の中で、一人や二人の説得者《法力僧》が法を修しても、効果は望めません。 また、数がいれば良いと言う事ではありません。 本当に力のある法力僧を探すだけでも、至難の技なのです。 それだけ、現在の状況は物質的価値観が蔓延し、本物の法力僧が少なくなってしまったのです。 本山と言われる所では、勢力図と他を認めない風潮があり、在家から出家しても、夢破れ去る人が後を絶ちません。 また、昔のように修行に命を懸け、挑むことも無く成りました。 地鎮祭は大切な礼法であり、軽視すれば、結果は上記のように、悲惨な状況になるケースが少なくありません。 ■注連縄 注連縄とは、神仏をお迎えし、宿す為の覚悟である。 注連縄 (しめなわ)とは 標縄、占縄、七五三縄などとも書き、占有、制止を示すときに張り巡らせる縄。 自己の所有や専用を標示し、他人や悪霊の侵入を防ぐためのもの。 普通、藁(わら)を左撚(よ)りに撚り、間に紙の四手(しで)を挟んで下げる。 本来は信仰でも法律でもなく、広い意味の俗信的な生活の知恵に基づく行為の表出であって、縄張り、通せんぼを具体化したものであった。 初夏のころ、防災除疫のために村境に道切り縄を張ったり、穢(けが)れた場所に張って人を近づけまいとする例などがある。 しかし注連縄は、早くから信仰に結び付けて理解されてきた。 日本の神は去来性をもち、祭りのたびに来臨するものであったから、神霊を迎えるために清浄な場所を区画し、そこに来臨してもらうために張り巡らせるものとし、のちには神が神社、神祠(しんし)に常在すると考えるようになって、神霊が来臨していることを標示するためのものになった。 神社の拝殿や鳥居などに常時かけてあるのはそのためである。 一般の家庭では、住宅の新築に先だつ地鎮祭のとき、四方に竹を立てて注連縄を張ることがある。 屋内では神棚に張るほか、正月には部屋に年縄を巡らせたり、門口その他に輪じめ、ごぼうじめ、海老(えび)じめなど、意匠を凝らした注連飾りをつける。 日本大百科全書(ニッポニカ)の解説 相撲で言えば、横綱の注連縄《しめなわ》正に神事を行う代表選手である。 相撲の源流は、野見宿禰の尊、当麻蹴速の尊の対戦に体を発し、現代に伝わる神事である。 注連縄は、一年を通して祀り続けて行く事が良い。 現代では余り注目されて居ないが、お札も注連縄も、神仏と有る事を示すものであります。 注連縄やお札は魔の侵入を防ぎ、その年《一年》が過ぎる前に新しくし、前年のものは御炊き上げを行って感謝するものである。 当院では、毎年、お札、御守りに感謝の意を込めて御炊き上げを行なっております。 日本の心は、感謝に始まり感謝に終わる文化である。と、私は信じるものであります。 ■家選びに必要な事 新しく、家や部屋を探して居る方々が多くなる時期ですね。 機能性で選ぶ方が多いのではありませんか? 機能性も大切ですが、意外と知られていないのが、家の履歴です。 家の履歴は、本当は非常に大切な事なのです。 一般的な言い方をすれば、事故物件に手を出してはいけません。以前、私の寺に相談に来られた方が、事故物件を買い、悲惨な目に遭われました。 祈祷の依頼にお見えになり、お話を聞いた時の事で御座います。 その方のご主人が、無神論者を自負する方で、事故物件、事件物件と知りつつも、購入を決めてしまいました。 それ以降、様々な不幸に見舞われて、最後に私の寺に相談に来られた時は、奥様は憔悴仕切って居られました。 その家は、家族全員が自殺された家だったのです。 私が霊視すると、自殺された家族は全員が憑依され、自殺に追い込まれて居たのです。 過去にも、その土地では多くの血が流され空き地と成り、前回、自殺された家族が土地を購入し家を建て、その後に一家で自殺されたのです。 その家族も無神論者であり、地鎮祭も家相も一切信じ無い方でした。 その後の近所への聞き取り調査で、私の言っている事が事実と立証されました。 その家は、祓い切れない穢れに覆われて居るので、最早、人が住める状態ではありません。 私は、その家を諦めて家を出る事を勧めましたが、最後までご主人は言う事を聴きません。 私も諦めて、ご自由にどうぞと言い、手を引きました。 その後、ご夫婦は離婚し、あの家には誰も住んでは居ません。 仲の良い夫婦、家族で有っても、悪因縁には勝てません。 ■家の鎮めと浄化 つい十数年前までは何処でも当たり前の様に行われて居た、地鎮祭や鎮宅除災。 昨今では、ほとんど行われません。 《地鎮祭、土地を鎮める儀式》 新築する時は、必ず行いました。 《鎮宅除災、引っ越しや、中古物件購入時》には必ず行いましたが、今では見る事は稀です。 神式、仏式と様々ですが、目的は同じです。当院は、祈祷寺。 以上の事は当たり前に行いますが、加えて行う事が御座います。 埋め物はさること乍ら、浄化には最大限の労を惜しみません。 ビル建築なら、定礎の中に水晶を納め、一般住宅なら四方結界の中心に〇〇を納めます。 鎮宅除災の場合は、家が建って居るので、状況に応じた修法を厳修します。密教には、状況に応じた修法が用意されております。 全ての状況に、画一的な法では効き目が薄いと考えるからなのです。 病気も、人に依り異なるのと同じ様に、家にも様々な装があります。 大難は、小難。 小難は、無難に。 変えてこその祈祷であり、修法なのです。 私も齢、六十二。 そろそろ、後継を考える歳に成り、思う事が御座います。 形式だけの現代祈祷の影響が、不信仰を助長させて居ると考えます。 まだ、真に修行し、取り組んで居る若い僧侶や神官は大勢おります。 願わくば、彼らが道を誤らず、真の信仰を突き進む様、祈るばかりです。
by kongousan-akafudo
| 2020-04-27 12:00
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