![]() 何か良くない事が起きたとき、不幸が続くとき。 『それは何かの祟りではないか』と不安に思ったり、そのような言葉を会話の中で使ったりします。 では、祟りとは何なのでしょうか? 霊的真理に基づいて説かれた記事を集めました。 どうぞご覧ください。 ■祟り 昨今、聖域を穢す者が増えて居るが、これは、最低の自殺行為である。 私は聖域を穢した者の末路を見てきた。 以下は、体験談である《実話》 その人は、無神論者を気取って居ただけなら何の問題も無かった。 が、仲間たちと歩いて居た時、酒に酔って居たのだろう。 『祟るなら祟ってみろ』 そう言って、在ろう事かお地蔵様に放尿し、高笑いした。 それだけで辞めて置けばまだしも、事あるごとに、様々な石仏や、神社仏閣の建物を見れば毒づき、『祟れるものなら祟ってみろ』と言っていたそうである。 ある夏の日に、仲間たちが肝試しをやると言うので、参加して其処に有った石仏の頭を蹴った。 石仏の頭は折れ、転がった。 異変は7日後に始まった。 幻聴、幻覚に悩まされて、家族が精神科に入院させたが半月ほどで退院。 そして、今度は総合病院に入院した。 癌である。 治療も虚しく、全身に癌が転移して苦しみ抜いて亡くなった。 神仏を信じようが、信じまいが自由である。 嫌なら、無視すれば良いだけである。 関わる必要も無い。 昨今では多くの方々が、事あるごとに、評論家のように、様々な事に批判する風潮がある。 しかし、面白半分の批判は、やがて自分に返って来る可能性を秘めて居る事を覚えておいて貰いたい。嫌なら、嫌いなら、見なければ良い、関わらなければ良いだけである。 愛の裏返しは、無関心である様に。 ■被る、 障り 同じ様な意味ですが、どんな神仏でも絶対にけなしたり傷付けてはいけない。 例え、イタズラでも大変な事態を招く結果になります。 私の過去の祈祷事例から、一つ挙げてお話しします。 ある有名人の方に頼まれて、その御宅に伺い驚きました。 門を入る前から只ならない気配を感じ、私は秘かに印を組み我が身を覆い、屋敷の中に入って行きました。 すると離れから、異様な気配を感じます。 尋ねると、この屋敷の跡継ぎの御長男が居る所なのである。 今回の祈祷を受けるのが、その御長男なのです。 別室に案内され、事情を聴いて納得しました。 御長男は、無神論者でワガママな性格。 どんな心霊スポットでも平気で、逆に罵倒し、供養のものも蹴散らす始末である。 私は内心、今日は大変な加持祈祷になることを覚悟せざるを得無かった… 御長男の居る離れに通され、まずはカウンセリングを開始した。 するとご本人の口から、事実が話され始めた… 彼は、旅行が好きで日本中を回った時に、イタズラ半分で、お地蔵様の顔につばをしたり、挙げ句の果ては、放尿まで…そして言った言葉が「祟れるなら祟ってみろ」 その後、原因不明の高熱とできものが… 祟り、障り、被る…が原因だと思い…また知る者もいない。 私は、この時点で知っていた… 原因が複数の祟りだと。 従って一度や二度の加持祈祷で、全てが祓えるとは思っていない。 ただ、どんな集団であっても、ボスが居るはずである。 このケースを最小限の状態に、納める方法は、他に無い… 私はボスと折衷する事にした。 印を組みボスとの交渉に入った… ボスの正体を、ここに書くことは出来ないが、力の強い自然霊とお考え下さい。 これは、簡単にはいかない事は、解っている。 しかし、ここでやめれば本人は、おろか一族の者も、彼に関係した者もただでは済まない。 事は、そこまで切迫していたのである。 本人は自業自得であるが、一族と関係者までもを被害に合わせる訳にはいかない。 私は、秘策を使う事にした… それは、祟神となった者達の本宮の大霊に、お願いする他は無いと考えた。 例えば、稲荷なら伏見大社、豊川稲荷という具合に、彼が汚した神々の本宮に使者を飛ばして謝罪供養をするのである。 大変な費用と労力を費やし、行う事になった。 私は、彼に汚した場所を全て思い出させ、使者を派遣した。 彼には、3日間の堂入りを命じ、一歩足りとも外に出る事を禁じた。 私は総指揮をとり、使者からの連絡を待つ間、護摩行に入った。 2日目も順調に供養が進み、3日目の深夜…私の元に知らせが入った。 彼が在ろう事か脱走…つまりつまり夜遊びに行ったのである。 信じられない愚行である。 私は、祈祷を続けた… そして夜が明け、皆は、無事に乗り切れた。 それからしばらくして、警察からの電話で、全員が愕然とした。 彼が死んだのだ。 ドブ川の中で、汚物まみれの姿になり… みなさん、神仏を信じ無くとも大丈夫です。 信じたくなければ、信じなければ良いのです。 そのかわり関わる必要もなければ、穢す必要も無いのです。彼は、自分がした事を、最後に自分が味わう事になったのです。 ■被り、被る 修行を積んで居ない者が、他人の祈祷をして失敗した時に起こる現象が被りである。
昔から触らぬ神に祟りなしとは、遠からず的を得ている。 正に生兵法は怪我の元である。 その道に入られる事をお勧めする。
生半可な気持ちで入れるほど、祈祷の道は甘く無い。 まして、他人に施す様に成るには、様々な苦難を乗り越えなければならない事は当たり前である。 ■祟り 何故、祟りが発生するか? 現代社会では、この科学の時代に馬鹿げて居ると言う人は、余りにも無知と言わざるを得無い。 世界の科学では、霊的事象は認識済みであり、常識です。 私の塾では、霊的常識を学び霊的能力の開花を目指し、修行する為に私が立ち上げた私塾である。 本題に帰る。 祟りは、存在する。 私は、今日までに数多の障りを鎮めて来た経験を皆さんに、教えて参ります。 井戸の祟り、自縛霊、自然霊、祟り神、一宮の祟り、病鎮め神動物神、以上は、私が今迄に鎮めた事例の一部である。 祟りは、普通の方々が考えて居るほど、生易しいものではありません。 例えば、貴方が助けた相手に何度も裏切られた時、貴方は相手を許せますか? 今度は、皆に嫌がられて感謝も無い。 そして忘れられた時、牙を剥く祟り神に変貌するのです。 これが、祟りを生んだ現実なのです。 身勝手な人間にいいようにされた、自然霊が暴れ出したのが祟りの正体である。 私は、浄霊や浄化供養の後、想う事がある。 人間の身勝手で祟り神と恐れられ消えて行く、時々、刹那く胸中をよぎることがある。 本当に恐い祟り神は、人間の方ではないだろうか? ■祟り 祟りは、様々な場所、場合があります。 しかし原因は、全て、こちら側なのが現状であり、今も各地で繰り返されている。 私の元に来た相談もその一つである。 夏の暑い日にそれは起きた。 Aは、大工見習いをしている。 青年だが信仰心の欠片も無い男である。 そんなAが母親に連れられ、私の元に来た。 母親は、御本尊様に信仰心を向ける善良な方である。 母親の頼みで、私がAを霊視すると、古い社が視えた。 社の中には、古い仏像が安置されている。 祟り神である。 この祟り神は、昔、我が子を失った親達が、子供を殺した魔物封じの為に、安置した物であり、かなり想いが籠っている。 何故、Aが社と関わったか? それは親方と一緒に、ある古民家のリホームに来て、たまたま隣が社であったのである。 親方と一緒に仕事をしている時、尿意をもよおし、社に放尿したのである。 馬鹿者である。 しかし馬鹿者がもう一人…親方である。 あろうことか?親方も、社に放尿していたのです。 Aは、素行は悪いが、母親思いの青年である。 それを視て、今回の祈祷を引き受けたのですが、本来ならキッパリ断わる事案である。 それほど大変な事案なのである。 しかしこのままにしておけば、Aの命は無い。 本人は、どうなろうとも自業自得である。 しかし母親の頼みを、断われない。 私にも、子供はいる。 母親の気持ちが解る私は、霊符を用意して、親子にこう告げた。 「今日から3日の間、家から一歩も出てはいけない」と。 そして私は、加持祈祷に入った。 しかしAは、母親の眼をかすめて、その夜遊びに出たまま行方不明である。 まさに、必然である。 成るように成ったのです。 ■祟り神 関東地方のある城下町の事です。 その地には、古くから続く祭りが盛んですが、開催すれば必ず、良くて怪我人、悪くすれば死人が出るのです。 今回の祭りにも死人が出ました。 そんな町の一画にある会社からの依頼を受け、向かった先は会社の駐車場。 此処では、度重なる事故に会社も困り果て、私に依頼してきたのです。 その駐車場は、一見何処にでもある普通の駐車場であるが、いわく因縁のある土地でありました。 過去には、城下町であった。 その土地には、真面目に生き、集落を護った武家の屋敷があったのである。 全てに平和な日々が続き、皆、しあわせに暮らしていました。 しかし新しい領主に成り、全てが一変した。 年貢《税金》は上がり、暮らしが成り立たない状況が続く中、武士は領民の幸せを祈り、敷地内にある井戸で、毎夜水ごり。すなわち願掛けをしておりました。 古来より、井戸には、龍神が宿っております。 武士は、井戸で毎日、雨の日も雪の降る日も願掛けを続けました。 そして、ある事から、無神論者の領主の怒りを被り、殺されてしまいました。 あろう事か家族まで殺し、領民への見せしめの為に、武士の家の井戸で家族全員の切り落とした首を洗い、井戸の淵に切り落とした首を並べたのです。 普通の人が見れば、綺麗に舗装された駐車場である。 私は、指摘しました。 井戸の合った場所を指差し、あの場所に近よってはいけない。 あの場所には井戸があり、未だ生きている。と云うと、嘲笑う様に『造成時に、業者が埋めて居ます。もう井戸は解決済みである』と。 私は、それ以上云う事を避けた。 何故かと言えば、信じない人間を説得するほど私は暇ではありません。 しかし、それからあの井戸跡は陥没し、いくら水を汲み上げても止まらない。 会社は、其処にバリケードを張り、再度、私に依頼して来ました。 しかし、私は拒否しました。 以後その場所は完全な柵がされ、パイプが通され使われておりません。 昨今、以上の様な案件が増えている。 祟り神と成った哀れな霊体が、供養もされず放置されている。 現代を象徴する出来事なのだ。と、私は言いたい。■祟りの真相 本質的には本人が引き寄せた結果であるが、祟りがあるのも事実である。 例えば、悪霊に憑依された場合は何故そう成ったか? 理性的に考えて欲しい。 必ず原因が存在して居ます。 例えば、我が子を亡くした親達が建てた、地蔵尊、地蔵堂に悪さを働けば恐ろしい結果が待っている。 当たり前の法則である。 現在の日本は、 アメリカの文化を有難がって居るが、アメリカ方式は、侵略と殺戮が根本にある。 アメリカの創生を考えれば、解る筈である。 ネーティブアメリカンは、 現在の白人では無い。 侵略と殺戮、其処には、敬い尊ぶ心は存在し無い。 私がアメリカに滞在して居る時にネーティブの彼女と知り合い、ネーティブの考え方、神を敬い、尊ぶ心を知った。 正に昭和の考え方である。 私は、警告します。 このまま行けば、日本人は大きな祟りを受ける事になります。 今、日本は、大きな祟りを自分で招いて居ます。 昔の日本人が大切に護って来た、文化、思想、礼節を今一度、振り返りましょう。 そして、自分を俯瞰して視る時、其処に全ての答えがあります。 ■祟り神 あれは、一通の手紙から始まった。 家族が次々に事故や病気で入院してしまい、今は一人暮らしで不安な日を過ごしている…と。 そして決定的なのが、二年前に祖父が亡くなり、異変が起き始めたのが一月前のちょうど祖父の命日。 父親が交通事故、しかも単独事故。 母親は掃除中に足首を骨折、兄は、職場で倒れ入院。 残るのは彼女一人である。 彼女には、思い当たる事がないと言う。 私は、手紙から視ることにした。 やはりあった! 誰も手入れをせず、ほったらかし状態の祠が…彼女の家の庭にあるのだ。 私は手紙に記されている電話番号にかけた。 すぐに彼女が出て、挨拶もそこそこに私は聞いてみた… 貴女の家に、祠はありますか?と。 彼女は少し考えて、そういえば祖父が信仰していた祠があります。 何処の神様か仏様か、解らない…と言うのである。 私が言った通りの場所に祠があったのである。 しかし娘さんではどうして良いやら、さっぱり解らない。 そこで、ご両親の退院を待つことにして、それまで彼女を護らなくてはならない。 女性では、私の部屋に泊めることも出来ない。 そこで、強力な護符と御守りを送ることにした。 それから半月後、ご家族が揃ったと知らせがあり、皆さんが愚僧に会いたいと仰るので、日にちを決めてお宅に伺うことにした。 約束の日、朝から雨が降る肌寒い日である。 電話があり、入院していた兄と妹、依頼者が車で迎えに来ると言うのでお願いすることにした。 私は法具と法衣を選び、迎えを待つことにしました。 迎えの車が到着。 一路、依頼者の家に向かう。 暫くして、日本建築の大きな邸宅前に停車。 ここが、依頼者の家である。 家の中に案内され、ご両親と面会。 早速、話しを聞いた。 あの祠は祖父が建て、亡くなる迄信仰していたと言う。 祖父が亡くなり、誰も手を出さなくなり二年間手入れもされていない… 私は家の中も案内されたが、他に障りのある所は見当たらない。 そして、祠の前に立った瞬間、めまいとも違う感覚を覚え、ある映像を見た… それは、稲荷の眷属である。 狐が怒り狂うほど、怒った様相である。 内容は、次の通りである。 《祀る時はあれほど敬もうたに…今は、このありさまに…我らは約束を守り、この屋を繁栄させた。その見返りが、これか‼︎》 …と凄い剣幕である。 私は家人を集め、全てを話した。 このままにすれば、一家は離散します。 稲荷大社にお帰り頂くにも、大変な行事、つまり祭りを行い、稲荷大社に錦を飾る凱旋しかない。 もう一つは、家族で今迄の非礼を詫び、信仰心を持って毎日礼拝する方法である。 家族で協議の結果、毎日礼拝する事で決まり。 後は、愚僧の仕事である。 怒り狂う眷属を横に、直接、稲荷神にご挨拶して、稲荷神の了解を頂き一件落着です。 皆さんの周りは、大丈夫ですか? 敬う心なくして、仏像や神棚を祀るのは良くありません。 正しい、知識と経験を積むことが重要ではないでしょうか?
by kongousan-akafudo
| 2020-02-16 12:00
| ├密教の世界
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