![]() 愛にはいろんな形があります。 親子愛、夫婦愛、人類愛など。 様々な愛の形について書かれた記事をシリーズで特集して参ります。 どうぞご覧ください。 >>愛に関する密教ブログ1 >>愛に関する密教ブログ2 >>愛に関する密教ブログ3 ■宝の言葉 宝の言葉は、人を活かし、罵詈雑言は、人を殺める。 ありがとう、おかげさま、愛しています、様々に表現される日本の美しい言葉には、魂が宿ります。 また、魂が宿る言葉には、癒しが生まれます。 草木に向かい、今日も元気でありがとう、動物に向かい、可愛いさをありがとう、家族に向かいありがとう、 御仏に向かいありがとうございます。 魂を宿した言葉を発する事は、自身の魂を成長させる大切な行為なのです。 その逆に、罵詈雑言は、人を殺める悪言である。 例えば大勢の人の前で罵詈雑言を発すれば、信用を失い、 誰も見て居ないからと勝手に思い込み、好き勝手に罵詈雑言を垂れ流せば、濁流と成って我が身に降り掛かり、破滅の坂を転げ堕ちます。 全ての言葉には、魂が宿り言霊に成ります。 その時に、己れ一人ならまだ、反省しやり直す事も容易いが、家族や様々な人間関係が存在する場合、 償いの代償は、計り知れない大きさに成り、我が身に降り掛かります。 たかが言葉されど言葉、魂の言葉を學び理解する事は、あなたのしあわせに繋がる大きな橋なのです。 ■ある夫婦の物語 夫婦は共に再婚。 極平凡な二人の過去世には、悲しい接点があったのです。 奥さんは真面目でとても明るく優しい方で、暗い過去など微塵も見せない才女です。 前のご主人と別れ、母一人子一人で、事務員として夜遅くまで働き、お子さんを育てておられる優しいお母さんです。 様々な迫害にも耐えて寄り添う親子に、愚僧はエールを送りました。 今のご主人は真面目で静かな方ですが、過去には壮絶極まり無い悲しい人生を歩まれて来たお方です。 その二人がひょんな事から知り合い、恋に発展するのに時間は必要ありません。 実は、前世で二人は、愛し合う中でした…しかし結ばれる事はなく、別れさせられたのです。 そして女性は他家に嫁がされ、挙句には、生まれた子供を取り上げられて失意の中で亡くなったのです。 そして、子供を取返す為に今世に帰って来たのです。 今のご主人と知り合い、結婚の約束を… 御本尊赤不動明王尊の御前で、誓いを立てた後にお計らいの力が動いたのです。 奥さんの子供に面会するも、お母さんの結婚を承諾。 ご両親に面会するも承諾。 家を購入するも破格な値段、破格な待遇。 正に、絵に書いた様な展開である。 前世のカルマも今世で解消して、来世は共にと誓い合う二人の後ろには、赤不動明王尊が見護っていて下さっている事を、愚僧は二人には明かしていない。 明かさず共、二人の愛と信仰心は本物である。 ■別離 別れには、様々な形がある。 生き別れ、死に別れ、別れの経験は、どちらも辛く、苦しいものである。 その中でも死に別れの経験は、筆舌に尽くしがたいものがある。 私も幾度と無く経験して来たが、頭では、解って居るが涙がでるものです。 あの時、私に信仰《不動信仰》が無かったら私は、現界には居なかっただろう。 今は、霊的真理と言う学問が日本に定着し分かりやすく學ぶ事が出来ますが、 其れとて自身が求め學ば無ければ、得られるものではありません。 とかく人間は、悲劇の主人公になりやすく、一旦、自身を悲劇主人公にしてしまうと自身を取り戻すことが難しく、 最悪の場合、自爆のボタンを押してしまいます。 絶対に押しては、いけないのが自爆のボタンです。 泣いても良い、恨んでも良い、憎んでも良い、全ての感情を剥き出して、疲れた時は、静かに自身を視つめ自身を愛して下さい。 そして、目覚めた時、自愛について俯瞰して観て下さい。 自愛は、慈愛に繋がり、優しく生きる事に繋がります。 あなたは、かけがいの無い命なのです、この世《現界》に不必要な命など存在しません。 今のあなたが思う様に成らない状況にあったとしても、其れは、魂の負荷であり、必ず道は開けます。 そして、足るを知る時、あなたは幸せを感じ、幸せを知る事に繋がります。 全ての事象には、繋がりがあります。 繋がりを完全に理解し我が身に落とし込んだ時、幸せとは何かを知る事に繋がります。 ■いたわる心 若く勇猛だった父、若く美しかった母、幼く弱かった自分、誰にでもあった、あの頃。 光陰矢の如し、それぞれに歳を重ね、老いた父母、老いと病から逃れられる者は、居ない。 いたわりは、他の為にあらず自身をいたわる事に繋がります。 歳老いた父母、強かった父母、病を得た父母。 親孝行とは、親の事を考えて自分がどう行うが問われる時が来たと言う事である。 そして、何時かは、自分にも老は訪れるのである。 永遠の若さも、永遠の命も存在し無い。 優しさが希薄に成って来た、昨今、自分だけが良ければ、私には関係無いと考え生きる時、必ず帰って来る代償があります。 その代償は、言葉の裏返し。 例えば、愛の裏返しは、無関心の様に自分が行って来た事の裏返しを味わう事に成るのです。 自身を振り返って、改め生きる時、全ての雲は、晴れ、新たな道が開かれます。 改める事に、遅い、早いは無い、氣づきは、あなた自身が得る真実です。 ■自愛 頑張ら無くて良いよ、自分の速度で歩めば良い、他と競う必要など無い、のです。 自分が崩壊するまで頑張ることなど無いのです。 自分を愛してあげて下さい。 私達は、機械でも奴隷でもありません。人格を持った一人の人間です。 愛する事は、甘えでは無い。 自身が崩壊するほどの頑張りは、頑張りでは無く自身の放棄である。 自分らしく生きる道は、何本でもあります。 自身を崩壊させるほどの環境であるならば、自身がその環境を捨てれば良いのです。 あなたは、あなたしか居ないのです。 現在、自殺する人が急増しています。状況、環境、場所は、異なっても命の尊さには、何の変わりもありません。 あなたは一人では無い、あなたが手を伸ばせば、優しい仲間が待って居るのだから。 ■闇の兆候 闇は、自分で作り上げて居る場合が多々あります。 満足、不満足、欲しい、得られない。 愛しても愛してくれない、やったのにやってくれない、わかってくれない。 全て同じ意識から発し、自らを苦しめて居るのである。 また、価値観の麻痺も以上の意識低下を招く要因である。 例えば、1カ月の生活費が30万円で満足して居た人が、稼げる様に成り、やがて百万円を軽く考えて行く過程と同じである。 ある意味《溺れた者》哀れである。 永遠な物が無い様に、永遠な繁栄も無いのである。 常に初心を忘れず《貧しい頃》物事に対する時、あなたは最良の選択が出来るはずである。 選択を自らが誤った時は、素直に誤りを認め、悲観せず新たな道を模索する事である。 また、模索できる理性と叡智を身につける為に、現在を學ぶ時、其処にあるのが御仏の慈悲である。 ■病い 肉体的病い、精神的病い。人間と生まれ、病い《病気》を経験した事が無い人は、居ないでしよう。 子供の頃、風邪をひいて、熱、咳、鼻水を流し床に伏した時、優しい母の手が差し伸べられ、気づいたら、元気だったとゆう経験は皆さん、お持ちだと思います。 其処から學んだ事は、母の愛であり、優しさ、痛み、苦しさ、全て愛の學びなのです。 看病する者、看病される者、それぞれの違いがあっても、愛を學ぶ場を与えられたのである。 自身の痛みを知る事に依り、他人の痛みを知る事にも繋がります。 痛みを知らず、痛みを理解せず、ただ生きる者に、愛を理解する事は出来無い。 経験は、學び、実経験は、學びを深くします。 愛別離苦、愛する者との別れは、愛を知った者には、逃れられ無い事象であるが、愛を理解する事に依り、學びと変わるのである。 失う事は、辛い、失う事は、苦しい、 しかし、辛い苦しいの境涯を持ち続ける時、辛い苦しいは、執着に変わり、自身を苦しめ続けます。 愛を悟り、本当の愛を実践する時、あなたは一人では、無い事を知るのです。 ■或る少女の生涯 私のもとに、一通の手紙が届きました。 その手紙には、末期の病に苦しむ娘さんの事が書かれておりました。 私は、手紙を読んだ後にご両親に電話をし、翌朝伺う事を告げました。 娘さんは18歳。 名古屋の隔離病棟に居られます。 身体は、痩せ細り、飲むことも食べることも出来ない容態です。 しかし、唯一、意識だけはハッキリとしているのです。 逆にそれが、当人を苦しめる事にも成っておりました。 娘さんは、幼い頃は明るく快活な性格で皆に好かれていたそうで、友達も多く、中学卒業まで真面目な女の子でした。 それが、高校生に成り、彼が出来た頃から変わり始め、僅かな期間で変貌して行ったのです。 最後には、麻薬、売春に染まり。 その結末は、麻薬中毒になってしまいました。 最後には、第四の性病に感染し入院。 入院した時には、現代医学では手の施しようが無い病状に成って居たのです。 寝返りをすれば身体中に激痛が走り、排泄をすれば激痛が走る状態でした。 正に、生き地獄であります。 私は、薬師如来の慈悲にお願いを致しました。すると、医師に呼ばれて行って居たご両親が、帰って来て私に言いました。 『 有り難う御座います』と、深々と頭を下げられました。 『 医師がモルヒネを使うと、言ってくれました』と、涙を流して居られました。 お父さんが、ポッリと言われました。 『 痛みの中で苦しむ娘を見ることは、我が身が切り刻まれる依り苦しい』 それから数日後、娘さんは亡くなりました。 お父さんは、娘さんの遺体に向かい一言。 『 これで楽に成ったね』 涙が溢れておりました。 葬儀は私が導師を勤めさせて頂き、引導を渡しました。 葬儀の間、娘さんはご両親に詫びて居ります《霊体》 私は、これ以上娑婆に置くのは良く無いと判断し、〇〇家の御先祖を召喚し、遺体を荼毘に伏すと同時に帰幽させました。 この出来事は、正に物質的価値観が生んだ悲劇であり、憂うものがあります。 この世《現界》だけを信じ、《霊界》を軽んじた結果、物質的価値観に翻弄され、真の生き方を見失う結果に成るのです。私の話を信じるかどうかは、皆様の判断にお任せ致します。 キチガイ坊主と嘲笑いたい方はどうぞ、お笑い下さい。 但し、笑い終わった後には、一度真剣に、物質的価値観とは何か? をお考え下さい。 ■御役目を授かる 御役目は、授かりものであり、勝手に放棄も出来ません。 私は、若年期に様々な経験をして参りましたが、決して楽しいものでは、ありませんでした。 家族との別れ《死別》青年期には最愛の人との別れ《死別》いつでも、死と向かい合わせの様に感じていたのです。 在家から出家し、イジメ、誹謗中傷の中で、私が考えたのは、生きて居ても仕方が無い、いっそ死を選ぼうかと考えました。 その時、私を支えたのが、幼い頃から続けて来た、武術でした。 思い出す言葉が、文武両道です。 こんな事に負けて成るものかと、必死に堪え耐えました。 現在は、六十を越えた爺ですが、今にして思えば、あの時代があったればこそ、今の自分があるのだと理解出来ます。 人間は、苦しみの中にこそ、真理を求め、探し、達観するのである。 しかし、誰しも苦しみを求めて行く者は、いません。 私も苦しみが好きな訳では、ありません。 苦しみが来るから対処したに過ぎ無いのです。 理解や達観は、乗り越えたからこそ、得られたと言えます。 今、苦しみの中に居るあなた、あなたは一人ではありません。 苦しくて、どうしようも無い時は頼ることも必要です。 私で良ければ、いつでも応じます。 絶望は、愚か者の結論であると言う言葉もあります。 一抹の希望が無い事など、あり得ません。 もしかしたら、あなたの苦悩は、御役目を与えられる為のテストかも知れ無いのです。 強く生きる事こと。 それが、私達に与えられた本当の御役目なのかも知れません。 ■願意 昔から続くのが、願掛けである。 人間の力ではどうしょうも無い事を、神仏に頼り、願意を託す人が後を絶ちません。 しかし、一番肝心なのが御礼詣りであるのです。 此処で一例を挙げれば、大きな願いが叶い、それ以上に欲を増大させた時、今までの願いは水泡に帰し、全ては前以下の状態に成ることがあります。 人間の欲は果てし無く続き、その先に待つ物は破滅である。 足る事を知る。 人間は、足る事を忘れた時、我欲に走り滅びの笛を吹く。 一旦、吹いた笛の音は止む事は無い。 同じ欲でも、知識欲は人間を向上させます。 探究心を持ち、學び続ける時、人は開花します。 霊界の摂理を學び続ける時、人は真理を知り、争うことの愚かさを知るのです。 飽食は餓鬼道であり、人の道では無い。 足る事を知り、先祖を敬い、御仏を尊ぶ時、人は真理に導かれ、本当の幸せを感じ、知る事になる。 無償の愛こそ人を救い、人を育て、霊格は向上し、自身も救われる事に繋がるのである。
by kongousan-akafudo
| 2020-04-15 12:00
| ├愛について
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院主 永作優三輝 経歴
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