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経典は教科書

学校で教科書は必須アイテムですが、教科書だけでは余程の人ではない限り学び取る事は難しい。
そこで、エキスパートである教師が存在する訳です。

しかし、学ぶ者がうわの空では、到底学びを深める事は不可能です。
また、教科書は読めるだけ…朗読出来るだけでは、意味を成しません。
理解し、自分の中に落とし込む作業が必要です。

経典においては、以上の作業だけでは不充分です。
そこに、実践が要求されるのです。
頭で理解し、心に落とし込む作業までは当たり前の行動です。

密教僧・祈祷僧になるには実践は勿論、必要なのは、自分を虚しゅうして道具に成りきる事が必要です。

何故か?
それは、経典に如実に表されております。

大日経には大日経住心品、大日経具縁品がある。

何故、二種の経典が、存在するか?

密教においては、心、技、体が要求されます。
お大師様が、お説きに成られた、即身成仏とは、この身このまま仏に成る御教えであります。

この世で成仏出来ずにあの世に還ったとしても、本当の意味での成仏にはなりません。
しかし、人生を全てしあわせだけに包まれて過ごす事だけではありません。

自分を俯瞰して見つめることが出来た時、貴方は今迄に経験した事のない幸福感を味わいます。

大日経は、僧侶の教科書。

大日経住心品を心の教科書とするならば、大日経具縁品は実践する為の教科書…と私は理解します。

南無大師遍照金剛
金剛合掌
by kongousan-akafudo | 2015-01-24 20:00 | 赤不動明王院通信
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