死者の書は、様々に存在する。
今から、数十年前に、私が始めて、死者の書を見たのは、チベットで、
あるラマ僧との親交を深めていた私は、ラマ僧から教えて頂いた、死者の書を始めて見た。
驚きと感動で、胸が高鳴った私は、これから目にするラマ僧の力に、驚愕する事も知らずに。
チベット密教の歴史は、日本密教依り遥かに、長い。
そして日本にはない修行法も存在している。
ここでは模倣されるので、詳しくは書きませんが密教塾では、全てを書きます。
私は、凄まじい光景を目にした…老僧の能力である。
チベットには、星視の僧を始め役割、分担がある。
その中でも中国政府が、最も恐れたのが特殊能力僧である。
あの力が、中国政府をチベット密教弾圧に、走らせたのだ。
今は、ラマ僧も観光化していますが、あの力を、発揮出来る僧が、表面に出れば、中国政府により、射殺される事は間違いない。
私も修行したが、あれなら可能である。
個人差は出るが、確実に身に着く事は、間違いない。
今の日本密教では、考えられない修行だが、私は個人的には、必要だと思っている。
ただ、祈る密教から、動く密教に。
そしてその力を、平和の為に使う事こそ、真の密教僧であると豪語します。
密教の最大の目的であり、目標は、即身成仏、生きたままで仏に成る事である。
即ち平和をこの世に、具現するのが、最終目的なのです。
理趣経典は、愛、
大日経典は、力
つまり力愛不二、愛を持つ力、力のある愛、どちらが欠けても平和には、程遠いのです。
夫婦も恋人同士も同じです。
お互いを認め合う二人になれた時に、真の愛を理解出来るのです。
お互いを理解せずに、否定する時、そこには、既に愛は、存在しません。
南無大師遍照金剛
金剛合掌
htmx.process($el));"
hx-trigger="click"
hx-target="#hx-like-count-post-27062951"
hx-vals='{"url":"https:\/\/akafudoumyououin.exblog.jp\/27062951\/","__csrf_value":"751812bef293b7343a279bd1abb566d3d6277c45713ca97b33c6ca9af6610f8539a177ec0b1265ef451a121eab5f874cf0c1c3e16a363fb6ce91f17ee8ccf655"}'
role="button"
class="xbg-like-btn-icon">