人の数だけ生き方はありますが、意味を追求して生き方を決めて居る人は、少ないのでは、ないでしょうか?
ここで私が言う、決めた生き方とは、迷いや不安を微塵も抱かないで生きる事です。
不可能だと云う人が、大多数だと想います。
私もそうだと想いますが、だからと言って諦めた時、そこには、虚無感しか残りません。
虚無感を味わう為に、産まれて来たのでは無いのです。
私達には、一人一人に隠れた使命があります。
それは、あなたが覚醒する日まで、閉ざされて居るのです。
それが現界で覚醒するか?来世に持ち越すかは、私にはお答え出来ません。
何故ならば、それを決めるのはあなたなのです。
人間は、誰一人として、未熟な人生を生きるつもりで霊界を後にする者など居ないのです。
様々な使命を胸にして、現界に降りて来るのです。
では、何故、使命を忘れたか?
肉体を持った時点で、自我が芽生え、小我、大我を身に着けます。
しかし最大の原因は、我欲が肉体と融合する事で、価値観に支配される様に成り、物質的価値観の信奉者に成り下がります。
人間の本質は、肉体では、ありません。
魂なのです。
魂は永遠に続き、消滅する事はありません。
魂の真実は、永遠に刻まれます。
かつて、私は、死を何度と無く覚悟する場面に遭遇しました。
その都度、御本尊に依って救われ、今があります。
人間はしあわせの絶頂から奈落に堕ちる刻、死を覚悟します。
死を覚悟し刻を重ね、やっと辿り着いた時に、氣づいた事があります。
老いです。
私は、もう空手で世界を廻って居た時の、肉体は無いのです。
今、私にあるのは、信仰心密教に残りの命を燃やす一人の老骨。
でも、後悔は、ありません。
やがて私の意志を継ぎ、御役目を果たしてくれる弟子が私の元に集まって参ります。
私は、語ります。永遠の命は存在して居る事を。
肉体の儚い刹那を生きるよりも、自由で何物にも捉われない強い魂を育てなさい。と。
赤不動院、院主永作優三輝
南無大師遍照金剛
蓮華合掌
htmx.process($el));"
hx-trigger="click"
hx-target="#hx-like-count-post-27057231"
hx-vals='{"url":"https:\/\/akafudoumyououin.exblog.jp\/27057231\/","__csrf_value":"91403cdb97883196244a5c660354f36a500e25425bc29f1720dd400abcc11827daa24e2c5bace2934e92be286d9b96e27f6dd42c6b489b21ebde47323a49df33"}'
role="button"
class="xbg-like-btn-icon">