密教の加持祈祷は、真剣勝負である。
己が身を削り、ひたすら成就を願う。
自分を他に置き、虚しくして祈る時、成就の道が開かれるのである。
今日私は、先祖供養の為、ある霊園にて供養法を修しました。
最後に、霊園の守護尊に祈りを捧げる為、その霊園の守護尊である観世音菩薩像に読経していた時、それは起こりました。
霊的浮遊現象である。
観世音菩薩像が建っている場所の左横は、崖でした。
私が読経している時に、左の崖に二人の婦人が立ち、私に向かい意識を向けるのである。
《成仏法を実践出来る者を探しているのである》
では、何故この様な事が起こるのか?
それは、全て物質的価値観が最大の原因なのです。
死して死なず。
墓石を管理料未納により撤去され、無縁と成りやがて彷徨う。
正に、現代の象徴の様な現象である。
昔は、墓石を撤去する時には供養の法を修しました。
墓石に宿った仏様の魂を抜き取る際に、必要となってくる供養 でもあります。
しかし現代は、それとて無駄な様です。
業者が撤去し、無縁仏として積み上げる。
正に、物質至上主義そのものである。
全ては、心を無くした結果なのである。
南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山 赤不動明王院 院主 永作優三輝
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