気は使うものでは無く、氣は利かすものである。
昔よく使われた言葉に、気が利かない奴、気を使わない奴、気を使え無い奴と、様々に他を揶揄する言葉がありましたが、今は死語の様である。
現代は正に、自分本意の時代。
他人の事より自分の事。
嫌なら辞める。
しかし、嫌なら辞めるが、出来ているうちは良い。
しかし、誰でも何時までも若く、チヤホヤされてている時は短い。
人間は、老いれば容貌は変化し、身体能力は衰え、気持ちは急ぎたくても、身体がついて来ない状況は必ず来る。
その時に、氣が利かない生き方をして来た人は哀れである。
何故か?
全て、他人の責任に転化するしか生きる術が理解出来無い、自己中心性しか兼ね備えていないのです。
従って、他人に迷惑を掛けていると云う、意識も理性も培われていない。
自己中心的な生き方が背景に特化し、自己憐憫に駆られ、自分に甘く他人にきつい性格になる。
氣は利かすもの。使うものではない。
南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主 永作優三輝
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