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密教360 興味と探究心

よく使われる現代用語に、興味がある。と言う言葉を引用し、多用する者がいるが、教える側は、その時点で軽薄な質問と捉え深層には至りません。
まず、教えを乞う姿勢が大切である。
教える側が、数十年を経て到達した事を、素人が聞いても理解不能で有ろう。

全ての学問には、習う者教える側が存在する。

この程度の礼節も無く探求する事は、富士山に裸で登山するのと何ら変わらない。

私は常々弟子に言うが、教えて貰うのではない。
教えて頂ける自分になれ。と、言う事です。

私は若年の頃日本各地の師僧を訪ね、苦労の末に様々な伝法を授かり、今日に至るまで、自身が熟知していない法に関しては各地の老僧を師と仰ぎ、研鑽を重ねております。

文を暗記するだけなら、パソコンで充分事足りる。
しかし、それは探究心ではありません。
ただ単に、丸写しのコピーに過ぎない。

法に命を吹き込むのは修練を重ねた者であり、學ばざる者には到底理解する事が出来ない世界が存在する。
卓越した能力は、修行無しでは得ることは出来ない。

運動選手も同じである。
ひたすら修練を重ね、涙しながらも己れの信じた道を歩む。
そしていつかは、その成果を自分に問うのである。

結果は、修練の証し。
誰を偽る訳では、無い。

私は、過去に様々な一流選手《オリンピック》と談笑してきました。

その中で言えることは、皆、礼節を重んじる人であることを、皆さんに知って頂きたく今日の記事を書いたのです。

アメリカ的な粗野な態度が好きな方は、それで良いのです。
しかし、それはスポットライトが当たっている時の幻想に過ぎない事を、一刻も早く知る事が、最高にして最大の運命転換法である。


南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主 永作優三輝



by kongousan-akafudo | 2016-11-02 06:00 | 赤不動明王院通信
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