喜怒哀楽、人間の心は、状況に応じて様々に変化しますが、其れは全て學びを進める為には、必要不可欠な変化なのです。
平坦な中で學べるほど人間は、未だ進化して居ないのです。
その証拠に様々な犯罪は、後を絶ちません。
哀しい限りであります。
私は、此処で犯罪者の論理を語るつもりは、ありません。
しかし、平坦な道は、人を苦しめ無いが、學びも、もたらしません。
坂あり、谷あり、崖あり、の中で自身が正しい志しを持つ時、道は開かれます。
その逆に、不平不満を抱いて生きる時、波長の法則に依り、同じ様に、不平不満を持つ者が集い、
欺瞞と破壊を糧と成す集団と化します。
不平不満の旗印を掲げ、戦に生きる時、全ての門戸は、閉ざされ暗黒の闇に身を晒し全てを失います。
悪口、罵詈雑言、誹謗中傷、イジメ、全ては、自身を滅ぼす毒と変わります。
神仏を信じざるも良し、他人を信じざるも良し、誰も信じざるも良し。
しかし、自身の心に嘘、偽りの塊を凝固してしまった時、人は、人では、無くなります。
人が真に求める境涯は、安心であり、愛なのだと私は、考えます。
迎合する行為は、愛とは、言いがたいと考えます。
様々に意見交換を繰り返し、正論に耳を傾ける姿勢を持つ事に依り自身の成長が促されると考えます。
正論を退け、自身の持論を展開するも良し、しかし、全ては、自身に帰ることを、踏まえて置かなくては、なら無い。
純真無垢な心の時代は、例外無く誰もが経験して来たのだから。
南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝
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