密教498 修行

私は、唐手、剣術、古武術を教えて来た経験で言える事は、
誰しも完成された、型を見て憧れ自分もそうありたいと思い入門します。
そして、先輩の様に防具をつけ、先輩の様に道具を操り、カッコ良くやりたいと想うのは、当然である。

昨今は、入門時に道着、防具、その他、もろもろを購入するのが、通例の様であるが、
私が指導して来た道場では、反対に買うことを良しとし無い。
指導を徹底して参りました。
其れは、身体が出来て居ない状態で、重い防具や道着を付ければ、防具や道着の《不慣れ》重圧に負ける怖れがあるからである。

これは、全てに通じる事と私は、考えます。
信仰の道も同じ。形に捉われ、形だけに固執すれば、本質を見失い真を知らない状態になります。

全ての修行の内に於いて、心と身体は、両輪であり、片輪では、失速するのは必定。
また、両輪が調和せずには、真っ直ぐに進む事も叶いません。

夫婦も然り片方だけが、前に出ても調和を欠きます。
夫婦相和して、始めて調和あり。
調和あるところに不破は、為し。

別離は、簡単である。嫌なら辞める自由は、誰にでもあるのです。
しかし、一度壊した縁は、取り戻すのに当初の何倍もの努力と忍耐、寛容が要求されます。

全ては、調和にあり。

南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝

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by kongousan-akafudo | 2017-04-09 06:00 | ◎赤不動明王院通信

大阪府松原市の単立密教寺院 金剛山赤不動明王院のブログです。


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