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密教504 御役目を授かる

御役目は、授かりものであり、勝手に放棄も出来ません。

私は、若年期に様々な経験をして参りましたが、決して楽しいものでは、ありませんでした。
家族との別れ《死別》青年期には最愛の人との別れ《死別》いつでも、死と向かい合わせの様に感じていたのです。

在家から出家し、イジメ、誹謗中傷の中で、私が考えたのは、生きて居ても仕方が無い、いっそ死を選ぼうかと考えました。
その時、私を支えたのが、幼い頃から続けて来た、武術でした。
思い出す言葉が、文武両道です。
こんな事に負けて成るものかと、必死に堪え耐えました。

現在は、六十を越えた爺ですが、今にして思えば、あの時代があったればこそ、今の自分があるのだと理解出来ます。

人間は、苦しみの中にこそ、真理を求め、探し、達観するのである。
しかし、誰しも苦しみを求めて行く者は、いません。
私も苦しみが好きな訳では、ありません。
苦しみが来るから対処したに過ぎ無いのです。

理解や達観は、乗り越えたからこそ、得られたと言えます。
今、苦しみの中に居るあなた、あなたは一人では、ありません。
苦しくて、どうしょうも無い時は頼ることも必要です。
私で良ければ、いつでも、応じます。

絶望は、愚か者の結論であると言う言葉もあります。
一抹の希望が無い事など、あり得ません。
もしかしたら、あなたの苦悩は、御役目を与えられる為のテストかも知れ無いのです。

強く生きる事こと。私達に与えられた、本当の御役目なのかも知れません。

南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝

by kongousan-akafudo | 2017-04-15 06:00 | 赤不動明王院通信
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