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密教280 体験談①捨て神

私の経験の中で、忘れられない体験が御座います。

あれは、盆の供養が終わり、やっと時間が取れると安堵した日でした。

一人のご婦人が、私を訪ねて来ました。
話しを聞いてみると、身内は死に絶え、今は自分一人で暮らしているとの事。


それは、二年前のある日から始まった。
まず、お子さんが原因不明の病に倒れ、次はもう1人のお子さんが。
その次は、ご主人が病に倒れ、兄弟も次々に倒れた。
そして、次々に亡くなられたのです。
一人きりになってしまいました。

ご婦人も病に倒れ、最近やっと回復して退院され、私の寺にお出でに成られた時には痩せ細り、以前の面影は無い。

私には、一眼で解りました。
捨て神の障《障、さわり》だと。

眷属が騒ぎ、怒りをあらわにして居る。
これでは、やがてこのご婦人も、持って行かれる。

ご婦人に尋ねました。
『 以前に神棚を捨てた事がありませんか?』

すると、ご婦人は重い口を開きました。
《まだ、子供達や主人が元気だった頃、亡き祖父母が信仰して居た神棚を、神社の札捨て場に置いて来た事を話してくれました》

亡きご主人は無神論者で、祖父母も亡くなったので邪魔な神棚を捨てようと言い、奥さんが止めるのも聞かず自身で取り払って捨てたそうです。

私はある秘符を作り、怒り狂う眷属を封じ込め、護摩の炎で本来居る親神のところに送る準備に入りました。
当日、ご婦人がお出でに成られた時にお話ししました。

本来神棚は、帰す時は神官、僧侶が供養して、本宮に凱旋する形でお帰り頂きます。
これは、当たり前の事なのです。

今迄、御利益にあずかり、発展して来た家の代替わりをしたと言っても、その家に居る者は大なり小なり御利益の恩恵にあずかって居る訳です。
それを身勝手に捨てれば、捨てられた方は怒り狂うのは当たり前である。
幾ら、無神論者でも被ります。
そんなに甘く無いのが、この世界なのです。

人間の勝手な理屈は、通りません。

全てには法則があり、法則を無視すれば、無視した結果は必ず現れます。
その後、ご婦人は一人供養の日々を過ごし、今では平穏な毎日を過ごして居られます。

余りにも、高い代償でした。

南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主 永作優三輝


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by kongousan-akafudo | 2016-08-12 06:00 | ◎赤不動明王院通信
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