私の寺は、池の側にある小さな寺である。
昨日、ぶらりと歩いて居た時、瀕死の子亀を発見、急ぎ寺に連れて帰り、私が出来る事を施し、延命を祈りました。
そして今は、ホームセンターで買った水槽の中で元気に暮らして居ります。
命は、素晴らしい。
命を軽視する事は、自分を軽視する事なのです。
この世に軽視、出来る命など無いのです。
今の時代、命が軽視されて居るように感じるのは、私だけでしょうか?
尊い命、軽視出来る命など無いのです。
増して、人間に生まれた命は、生命の最終段階なのである。
《鉱物霊、植物霊、動物霊、人間霊》大別するだけで、これだけの段階を超えて来たのです。
ですから、人間と云う存在は、霊の代表選手と言えるでしょう。
代表だからこそ、命の尊さを理解せねばなら無い位置に居ることを知り、學ぶことが、私達の使命と私は、考えます。
争いは、愚の骨頂と知り、調和を求め、學び、精進する時、真のしあわせを実感、出来るのでは、無いでしょうか。
南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝
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