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密教254 忘れられない供養

私の育った時代は、中学を卒業して集団就職をして都会を目指した時代でした。
《貧しい親兄弟に仕送りする為》

これからお話する事は、集団就職で真面目に働き、若き命を散らした方々の供養の話しで御座います。

私の元に、一通の手紙が届きました。
それは、ある年老いた母からの手紙でした。
《 高度成長時代に、御子息を集団就職列車に乗せて見送ったのが最後でした。》の、書き出しです。

息子さんはあるプレス工場に就職し、朝から晩までプレス機を踏み、働いた。
そして、もっと効率良く働く為に、プレス機に動力を付けた機械に移動し、悲劇は起きた。
プレス機は私も知っているが、鉄板を切り、圧力で製品を形作る機械である。

当然、数を作れば給料も上がります。
しかし、今の様に安全基準の無い時代。
怪我も多く発生しておりました。
《労災保険も今とは、違います》

彼らの中には、指を切断してしまった者も少なくありません。

そして、その日はやって来ました。
両腕を、手首から切断してしまったのです。
機械は、容赦ありません。
あっと思う間も、ありませんでした。

そして、労働者としての利用価値が無くなってしまいました。
彼は会社を去り、田舎に帰ること無く、電車に飛び込み死んでしまったのです。

お母さんは嘆き悲しみましたが、生活に困窮する中ではまともな供養も叶わず、年月は流れ、今日、やっと息子の供養が出来るように成りました。
《 先生の法力で、息子を成仏させて下さい》

お母さんの心中を察すると、自身の母を想い、涙が溢れる気持ちで絶句しました。
手紙に記されて居る踏切に立ち、霊視しました。

やはり、《生前の苦しみを抱え、その場に佇む、息子さんである》

私は、連れて帰ることにしました。
寺に帰り、説得し、霊界に帰れる様にしようとした時、息子さんは言いました。

【母に会って、謝りたい。一度だけでも良いから、母に謝りたい】

私は印を組み、韋駄天の法を修し、送りました。

彼は、母に心から謝り、霊界に帰って行きました。
さすがに、実の親子。
お母さんは涙を流し、息子を優しく抱いて言いました。
《お前が、悪い訳じゃ無い。お母さんが悪かった。さぞかし痛かっただろう》

その後、息子さんは自身で納得し、霊界に帰って行きました。
それから数日後、お母さんは眠るように安らかに亡くなられました。

私は、お母さんの他界の知らせを聞き、冥福を祈りました。

南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主 永作優三輝




by kongousan-akafudo | 2016-07-17 06:00 | 赤不動明王院通信
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