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密教582 目線

目線の高低は、人に依り様々である。
当然、目線が違えば、捉え方も違う。では、何故、捉え方が変わるのか?

経験値の差である。理性、智性は、學ば無ければ得られません。《意識と心》

例えば、十代〜二十代の目線、三十、四十、五十、六十代の目線も当然違います。
経験値を積んで行けば、目線が変わるのは、当たり前ですが、其処に學びが付加された時、飛躍的に変化します。

自身の経験に學びが付加される事に依り、経験は、活かされどう生きるか、何故生きるかの答えも見出せるのである。
その逆に、學びに背を向け思うがままに生きる、生きた時、結果はその方が一番、御存知で有ろう。

昔の言葉に十年一区切り、正に名言である。
怠惰に生き、不思議に生き、自分勝手に生き、全て、自由である。
しかし、自由には、必ず責任が伴います。その責任は、自身が蒔いた種でもあるのです。
そして、學び合う者は、互いを尊重し學び合う時、真理が得られるのです。

南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝

by kongousan-akafudo | 2017-07-03 06:00 | 赤不動明王院通信
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