夏になれば、各地で怪談が持て囃されるが、此れは怪談話しでは、ありません。
私は、依頼を受け名古屋のある、大きな仏壇屋さんの現象《怪奇現象》を祓いに行った時の事である。
その仏壇屋さんでは、様々な現象が日常的に繰り返されて居りました。
台所では、鍋が落ちる音が響き《鍋は、落ちて居ない》長男は事故を繰り返し《自動車事故、海難事故》
ご主人は、短期間にニ代とも、急死。
女系家族の様相を呈して居た。此れで長男まで、もしもの事があれば、大変なので、視て欲しいと云う依頼である。
私は、仏壇屋さんの休日を選び、加持祈祷を厳修しました。
其処で視えたのが、店の床下にある井戸である《小上がり席の下》三階建の立派なお店である。
家人に聞いた話しだが、確かに井戸は存在して居たが、店を建て替える時に、建築屋さんが埋めたと云うのである。
しかし、私のには、井戸の水位まで視えた。埋めて居れば無いはずである。
それならと云う事で後日床板を一部剥がして確かめる事に成った《家人は半信半疑》
その日から十日余りが経ったある日、仏壇屋さんから依頼が有った。
私は、支度を調え出かけました、到着すると家族全員が出迎えてくれましたが、皆一様に暗い表情である。
訳を聴くと埋められたはずの井戸は、蓋をされた状態のまま床板が張られて居ただけの状態である《建築屋は倒産して居た》。
私は、後日、龍神上げの祈祷を修し
待たしてあった建築屋さんに指示して中庭に龍神社を建立し一件落着としました。
古くから、井戸は、生活の要、この時代には、無用でも大切な要的存在なのです。
人間の勝手で供養もせず、放置すれば良い訳は、無いと考えます。
《生活と密着した神様》
一般に、井戸の神として水神を祠った。水そのものが、けがれを祓(はら)う清いものとされ、古代から多様な信仰があった。
生活に欠かせない井戸は、神聖な場所とされ、清浄と静寂が保たねばならなかった。全国的に多いのが、井戸の神は金属を嫌うという特徴だ。
カマドには火の神様、厠(トイレ)には厠の神様と言った日常の生活の中で必要な物には神様が宿り、それを祀り清浄にしていました。
様々な現象、事象には、必ず原因があります、冷静に沈着に対処することをお勧め申し上げます。
南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝
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