今日《二十八日》は、御本尊の御縁日です。
振り返れば数十年前の今日、愛知県の山間部でテントを張って修行に励んでおりました。
夏の真っ盛りでしたが夜は寒く、寒さで眼を覚ました私は、空を見上げ満天の星空を眺めて想いました。
自分は何を探して居るのか、答えは有るのか自問自答を繰り返して居りました。
夜が明け滝場は清々しく、その日の滝行を行いテントに戻り朝食、
其処に一人の御婦人がおいでになり
《行者様に観て頂きたい事があります、ご足労ですが後ほどおいで下さいますかと頼まれました》
言葉通りお宅に伺い、相談を受けました。
その家では、代々、長男が育た無い《死》との事、私は一心込めて観ました。
その頃の私は、若かったので観えた事を全て話してしまうところがあり、困惑させてしまう事もあり。
今は老齢、やんわりとお話しします。
話しが終り相談者家族が言われた言葉が、
「何故そこまで我が家の事情に詳しいのですか《全て正解》驚きました。」
ご家族も納得され、私も肩の荷が降りた想いでした。
テントに帰ろうとすると、他にも観て貰いたい人が居るので明日も来て頂きたいと言われ、
翌日、行を終えてから約束通り、伺いました。
すると、数名の方々が待っておいでになりました。
お茶を頂き、相談を始めると相談では無く、詰問である。
何故、家族の事を何から何まで知って居たのか?答えて欲しいと云うので、
私は一言、
「お疑いならそれでも構いません。
しかし、家族しか知らない事を何故、私が当てられたか、あなた方に説明する必要はありません。
私は唯の修行僧。
ただしこの土地には、二度と再び来ることはありません。」と言い、
テントをたたみ帰り支度をして居る時、聞こえた声が《汝と共に行こう》の言葉でした。
始めは分からなかったが今は、毎日、聞こえる声に成りました。
せめぎ合い人の頭は、理解出来ない事を拒否しようとします。
それが良いか否かは、後で解ること。
私は、私を理解し無い人を憎む気持ちも何も無い。
そっと手を離す《手放す》だけである。
南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優
htmx.process($el));"
hx-trigger="click"
hx-target="#hx-like-count-post-26981755"
hx-vals='{"url":"https:\/\/akafudoumyououin.exblog.jp\/26981755\/","__csrf_value":"0a59b31ecc4031fd5fe2fd7e34bb4329255286e5e57e5286f5c0c07deb44ad622a0ef94c1e7aad5bf86467b2e3cce0862ae89f8c2aa1845a66512c18452ee6cf"}'
role="button"
class="xbg-like-btn-icon">