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密教631 人間関係《関わり》

愛の裏返しは、無関心と云う言葉の通り、関心を持ち関わる事は大変な力が必要です。

が、無関心からは何も生まれ無いのも事実であります。
言い変えれば、自身も無関心に成って行くのであります。

良い事だけに関わりたい。
嫌な事には関わりたく無い。
それはあり得ません。

嫌な事を克服しようとする事が學びであり、魂を磨く事に繋がるのです。

もし全てが自分の思い描く様になれば、人生に學びは必要ありませんが、

同時に達成感をも失うことに成ります。

一般の方々は死を嫌うでしょう。

しかし、死から逃れることは誰にも出来ないのです。

何故、死を嫌い、死を怖れるのか?
死とは何かを理解しようとし無いから、闇雲に怖れ、嫌うのです。

私は、現代風に言えば臨死体験を二度経験して居ります。

また、幽体離脱も数多く体験して居ります。
内容は書きませんが、私の今迄の経験を知る方々は、皆さん納得して居られます。

誰にも関わる事無く生きる事は不可能です。
例えばスーパーで買い物をしても、生産者、販売者に関わって居るのです。

仕事も同じです。
社長、上司、同僚、関わりの無い事象など無いのです。

その逆に、自分が好きな人だけにしか関わら無い。と云う人が居たならば、可哀想な人です。

何故か?
自分から関わりたく無いと考えれば、相手も同じことを考えていると思って下さい。
若い内はまだ良いですが、高齢に成った時、上記の考え方の方は悲惨を味わうでしょう。

しかし、全て自分が蒔いた種、蒔いた種は自分が刈るしか無いのです。

必要以上に濃密に関わる事は無いでしょう。

人間関係を円滑にする事は、協調性、感性、理性、その他、人間にとって必要な學びを得る授業なのです。
心の傷を放念して忘却する時、あなたの中に學びの種が芽生えます。

南無大日大聖不動明王尊

蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝


by kongousan-akafudo | 2017-08-26 06:00 | 赤不動明王院通信
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