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密教722 心の在り方

人間に生まれて一番の悩みは、心の在り方ではないだろうか。

例えば、自分が諍いの種を蒔いたにも関わらず傍観者を気取って当事者を憐れみ、傍若無人に振る舞う者も居る。

聡明な読者諸氏にはお判りだろう。
一言、自分が発した言葉を忖度した、仲間が先走った行為である。

忖度(そんたく)とは
他人の心をおしはかること。また、おしはかって相手に配慮すること。

デジタル大辞泉より


全ての責は自分にある、と泰然自若たる態度で臨めば、事はこじれず解決に向かったのではないだろうか。
そして、自分を慕う者を救う結果に成ったと考えます。

真実は小説より奇也。
真実を語るには痛みを生じるが、厚顔無恥に陥入るよりはマシだと私は考えます。

昔の武士の思想は、恥を知る思想にある。

葉隠に曰く、武士道とは死ぬ事と見つけたり。
命を惜しむな名を惜しめ。

正に、恥を知る思想であり、私は見習いたい。
食べる為に恥を行うのであれば、武士は食わねど高楊枝。
童子であれば、腹が減っても脾もじく無い。

正に心の在り方である。
正しく信念を持って活きる時、天は見放しません。

淡々と正義を貫く時、真実は表面に現れ、悪は阻害される社会が形成されるであろう。

自身の位置は他が守り、他の位置は我が護る。の思想は、今の日本では絵空事になりつつある。
正に殺伐としか言えない。

葉隠
江戸中期の教訓書、武士の修養書。
正しくは『葉隠聞書(はがくれききがき)』、別名『鍋島(なべしま)論語』。
書中の「武士道(ぶしどう)と云(いう)は、死ぬ事と見付(みつけ)たり」という一句はとくに有名。
肥前(佐賀)鍋島氏の家臣山本神右衛門常朝(じんえもんつねとも)(1659―1719)が武士の生きざまについて語った談話をベースに、門人の田代陳基(たしろのぶもと)が歴代藩主や戦国武士たちの言行録や聞き書きから採録したものを加えて整理し、前後7年をかけて書冊にまとめたもの。
(中略)
儒教的な士道論からみれば、極端というべき尚武思想に貫かれているので、藩中でも禁書・奇書の取り扱いを受け、公開を禁じられた。
明治中期以降、再認識され、広く一般にも読まれるようになった。
出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)


考えて頂きたい。
水は高きから低くきに流れ、上流の水が濁れば、下流の水は腐敗する。

親が子を食らわば國は滅ぶ。
真実が歪曲されれば悪業は栄る。
今が目覚める時ではないだろうか。


南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝


by kongousan-akafudo | 2017-12-07 06:00 | 赤不動明王院通信
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