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密教728 一喜一憂


人間は、生まれてから死ぬその瞬間まで、様々な経験を積んでゆきます。

例え病いの床にあっても、介護される愛に出会います。
例え意識が無かろうと、魂の内に経験を重ねて居るのである。
人の死とは、肉体が滅した時、肉体の學びが終わっただけである。

本当の死とは、人を怨み自ら死する事である。

小さな事に一喜一憂し、これから来るであろう人生を自身が放棄する事は、魂の中退行為である。

生きる事は本来素晴らしい事であり、學びを深める千載一遇の好機と捉えるべきである。
疲弊しても立ち上がる氣力、転んでも饅頭を両手に持って立ち上がると決めた時、人は強く成ります。

私の信念は、寄る辺は御仏、立ち上がるは自分。である。
泣きながらでも立ち上がる時、必ず力は湧いて来ます。


もう立ち上がる力が無い。と言うのは甘えである。

何度も何度も躓き、何度も泣いても、諦めてはいけない。
増してや、自身で命を絶ってはいけない。

それは、自身が傲慢であるから命の私物化につながるのである。

一般的に良い事とは何か?
お金に不自由しない事かもしれないが、私が思う良い事とは笑顔で生きる事だと考えます。

お金が有っても、周りが安心出来なければ、何の為に生きたのかと考えます。

南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝


by kongousan-akafudo | 2017-12-16 06:00 | 赤不動明王院通信
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