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密教23 平等に生きる

人は、平等である。

よく、あの人は良い、私は不幸と思う人がいるが、しあわせの量は皆同じなのです。

不安な部分も皆、抱えています。
表面に出すか…出さないかだけの差なのです。

私の知っている人は、75歳女性で、夜中に掃除婦をしながら生計を立てています。
年金はありません。

彼女の人生に何があったのかは、私は詮索しない。

信仰心を持って生きる彼女はしあわせだと言う…
自分は、若い時に好き勝手な生き方をして、今があります…と彼女は笑顔で言う。

今の私には、家族も何も無い…でも働ける。
そして毎朝、朝日を観るしあわせがあると言う。
それも誰よりも先に、観る事が出来る…と言う。

彼女は、高層ビルの掃除婦をしていたのである。

今の自分に満足して生きる彼女は、ある意味で達人である。

そして家に帰り、朝食が豪華だと自慢されます。
好きな豆を挽いて入れる一杯のコーヒーは、彼女にとっての最高に贅沢な瞬間だと言う。

ある日突然の電話、彼女の知人からである。

彼女は、自分にもしもの事があった時は、先生に連絡して欲しいと頼んでいたのです。
私は、準備を整え、彼女の家に向かう…

彼女の顔は、安らかな表情である。
私は、最後の引導作法に入った。

彼女の愛した人が降りて来た…
彼女は、彼を愛した頃の姿に戻り、彼と手を取り合い霊界に還って行きました。
その姿は、しあわせに人生を全うした証しがありました。

様々な生き方、様々な人生を生き切った後、人は、最高の満足を味わいます。

人生に無駄は無い。
人生に不公平は無いのです。


明日私は、古い家のお祓いとその家にある仏壇の撥遣作法を依頼されている。
様々な人生を視る事になる事は、解っているが、私にできる事を坦々と行うのが、私の天職なのです。


南無大日大聖不動明王尊
金剛合掌



by kongousan-akafudo | 2015-11-13 06:00 | 赤不動明王院通信
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