私は、再三、呼び掛けて来ました。
自殺は、自身に取って最低最悪な行為である。と。
今日も電車に飛び込み自殺された方が出ました。
自殺は、解決にも逃避にもならないのです。
その逆に、凄い苦しみを自身が招く事になるのです。
では、どう苦しむのかを以下に記しておきます。
①死んだら全てが終わるとお考えの方。
それは、大間違えであります。
死んでも意識は持ち続けます。
②死んでも、自殺の場合は霊界には行けません。
《リセット》など出来ません。
③300メートルを移動するのに何年もかかります。
だから自縛霊と言われるのである。
④自身で移動する事が出来無いので、憑依を繰り返すのです。
結果、他の悪霊にそそのかされて同じ悪霊に成る事が多いのです。
⑤意識があるから、死んだ時のままの姿で居続ける結果に成るのであります。
当然、あるはずの無い痛みも持ち続けるのです。
⑥家族や隣人を悲しみの渦に巻き込みます。
死体の傷みが激しい時は、ビニール袋に詰めて棺桶を入れ、又は火葬して骨にしてから、その後のことを行います。
私は、自殺された方の葬儀もして来ました。
葬儀場は暗く押し黙り、ご家族の方も悲しみとやり場の無い感情を抱え耐えて居られます。
その姿は、形容しがたいものがあります。
そして、他の葬儀では見られ無い決定的な違いがあります。
例えば、不慮の事故で亡くなられた方の葬儀では、事故現場に献花されたり、遺族や友人の方々が故人の冥福を祈ったりお集まりになられます。
その姿を見て、故人も納得して家に帰られます。
そして、日々の供養に依って霊界へと帰幽されます。
しかし、自殺霊の場合は死んだ事を理解出来ません。
ですから、葬儀の時も本人不在が多いのです。
自分の人生は責任主体であり、良い時よりも苦しみの中にこそ自分を成長させる要素があるのです。
苦しみに負けず、苦しみを學びに変えられる心の体力を付けられる様、皆様の弥栄をご祈念申し上げます。
南無大日大聖不動明王尊
金剛合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝
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